会議で発表するとき、面接で答えるとき、友達に近況を話すとき。
気づけば言葉の合間に「えー」「あのー」「まあ」が挟まっている。話し終えたあとに録音を聞き返して「こんなに言ってたの!?」と驚いた経験がある人は、意外と多いのではないでしょうか。
この記事では、多くの人が悩んでいる「えー」「あのー」という口癖について、次の5つの視点から詳しく掘り下げていきます。
- そもそも「えー」「あのー」とは何なのか
- なぜこの現象が起きるのか
- 日本語以外の言語にも同じ現象があるのか
- 直す方法はあるのか
- 直すべきなのか、そもそも悪いことなのか
海外の言語学・心理学の研究もいくつか参照しながら、できるだけ平易な言葉でまとめました。長めの記事になりますが、最後まで読んでいただくと「えー」「あのー」に対する見方が少し変わるはずです。
第1章 そもそも「えー」「あのー」って、一体なに?
まず最初に整理しておきたいのは、「えー」「あのー」は単なる「悪い癖」ではなく、言語学的にはっきりと名前がついた現象だという点です。
言語学ではこの現象を「フィルドポーズ(filled pause)」と呼びます。日本語に訳すと「音で埋められた間」という意味になります。話の途中に生まれる「無言の間(silent pause)」を、無言のままにせず、何らかの音で埋めてしまうのがフィルドポーズです。日本語では「えー」「あのー」「ええと」「まあ」「そのー」などが代表的で、英語では「um」や「uh」がこれにあたります。
ここで面白いのは、フィルドポーズが決して珍しい現象ではないという点です。海外の言語研究では、自然な会話の中でこうした言葉は100語あたり2〜6回程度の頻度で登場すると報告されています。つまり、私たちがふだん話している言葉のうち、決して少なくない割合が「えー」「あのー」のような音で占められているということです。
さらに興味深いのは、こうした言葉は単に「言葉に詰まった証拠」というだけではなく、話し手が意図せずとも一定の役割を果たしているという研究結果です。英語の心理言語学の分野では、「uh」と「um」はれっきとした英語の単語であり、間投詞の一種として扱うべきだという主張があります。これは、フィルドポーズを「エラー」や「乱れ」として片付けるのではなく、コミュニケーションの中で機能を持つ言葉として捉える考え方です。
具体的には、次のような役割が指摘されています。
- 話す順番(発言権)を保持する 相手に「まだ話し終えていません、少し待ってください」と伝える役割
- これから少し時間がかかることを予告する 「uh」は短い遅れ、「um」は比較的長い遅れを示す傾向があるという分析もあります
- 話の構造上の切れ目を示す 新しい話題に入るときや、大きな区切りの前に使われやすいという傾向
- 単語や言い回しを探している最中であることを示す 特に、頻度の低い単語や、思い出しにくい言葉の前で増える傾向
つまり「えー」「あのー」は、頭の中で次に話す内容を組み立てている最中に、その処理時間を音で埋めているサインだと考えることができます。決して能力が低いから出てしまうものではなく、誰の脳内でも起きている、ごく自然な言語処理の副産物なのです。
さらに、聞き手側にとってもフィルドポーズには意外な効果があるという研究もあります。ある実験では、「um」のような言葉が挟まれたあとに続く単語のほうが、聞き手にとって認識しやすくなる可能性が示されました。これは「これから少し重要な、あるいは考えて選んだ言葉が来ますよ」という一種の予告として、聞き手の耳と脳が準備をするためだと考えられています。もちろん、多用しすぎれば聞きづらくなりますが、適度に使われる分には、むしろコミュニケーションを助けている側面もあるわけです。
第2章 これは日本語だけの現象なの?世界の「えー」を覗いてみる
「えー」「あのー」というと、日本語特有のクセのように感じるかもしれませんが、実際には世界中のほぼすべての言語に、同じような働きをする言葉が存在します。
以下は、海外の言語学の資料などで紹介されている、各言語のフィルドポーズの例です。
- 英語 um、uh
- フランス語 euh、ben(「まあ」に近い)
- ドイツ語 äh、ähm、あるいは so や halt
- スペイン語 eh、pues、bueno
- オランダ語 ehm、dus
- 韓国語 어(eo)、음(eum)、그(geu)
- 中国語(北京語) 這個/那個(zhège/nàge、「これ」「それ」に近い言葉)
- 広東語 即係(zik1 hai6、「つまり」に近い言葉)
- アラビア語 yani(「つまり」)
- デンマーク語 øh、øhm
- チェコ語 jako(「〜みたいな」)
こうして並べてみると、発音や具体的な単語は違っていても、「話の合間を何らかの音で埋める」という行動そのものは、驚くほど共通していることがわかります。
さらに興味深いのは、母音を伸ばして時間を稼ぐという行動も、言語をまたいで見られるという指摘です。英語話者が「アァァンド」や「ソォォ」のように語尾を伸ばして考える時間を作るのと同じように、多くの言語の話し手が、単語の最後の音を伸ばしながら次の言葉を探しています。日本語の「えーっと」「あのーー」で伸ばす感覚にも、これは通じるものがあります。
もう一つ、海外の研究で注目されているのが、二つの言語を使うバイリンガルの人たちのフィルドポーズです。ドイツのキール大学などが行った研究では、ロシア語とドイツ語、あるいはドイツ語と英語を話す人たちを対象に、それぞれの言語で使うフィルドポーズの頻度や音の形を比較しています。その結果、同じ人であっても、話している言語によってフィルドポーズの出方や好まれる音の形が変わることが示されました。これは、「えー」「あのー」が単なる個人の癖ではなく、それぞれの言語の中で育ってきた、言語ごとの慣習に近いものであることを示唆しています。
つまり「えー」「あのー」が多い人は、日本語が下手なわけでも、話し方に問題があるわけでもありません。人間が言葉を組み立てながら話すという行為そのものに、こうした間を埋める仕組みが備わっていると考えるほうが自然です。
第3章 なぜ出てしまうのか?頭の中で起きていること
では、具体的に脳や心の中では何が起きているのでしょうか。海外の研究をもとに、主な要因を3つに分けて見ていきます。
1. 言葉を組み立てる作業が追いついていない
話すという行為は、実はかなり高度な作業の連続です。話したい内容を思いつき、それに合う単語を探し、文法的に正しい順番に並べ、発音として口から出す。これをリアルタイムで、しかもほぼ同時進行でこなしています。
特に、あまり使い慣れていない単語や、初めて話すトピックを話すときは、この「単語を探す」作業に時間がかかります。その結果、口の準備ができるまでの間を、無音のままにせず「えー」「あのー」で埋めてしまうというわけです。英語の研究では、こうした状況で使われやすいのは「uh」のような短いフィルドポーズであり、単語の呼び出しに手間取っているサインだと分析されています。
2. 話の構成そのものが決まっていない
単語のレベルだけでなく、「次に何を話すか」という、より大きな単位の構成が固まっていないときにも、フィルドポーズは増えやすくなります。英語の研究では、「um」のようなフィルドポーズは、大きな話の区切りや、話し始めのタイミングで特に多く使われる傾向があると指摘されています。これは、単に単語を思い出しているだけでなく、話全体の設計図をその場で組み立てている最中であることを示しています。
準備不足のまま話し始めたときに「あのー、えーっと、何から話せばいいかな」となってしまうのは、まさにこのパターンです。
3. 緊張や不安が処理速度を圧迫する
緊張状態にあると、脳のリソースの多くが「不安をコントロールすること」に使われてしまい、言葉を組み立てるための余裕が減ってしまいます。人前で話すときや、評価されている感覚が強い場面で「えー」「あのー」が増えるのは、単純な処理速度の低下に加えて、緊張が余計な負荷をかけているためだと考えられます。
一方で、聞き手との関係性を保つための意図的な使い方をしている場合もあります。「発言権を手放していません」というサインとして使ったり、集団の中での連帯感や親しみやすさを示す表現として使われたりするケースも報告されています。つまり「えー」「あのー」は、能力の欠如を示すものというより、話し手が置かれている状況や心理状態を映し出す鏡のようなものだと言えるでしょう。
第4章 直す方法はある?海外の研究とスピーチ指導の現場から
「そういう仕組みなら仕方ない」と納得したうえで、それでもやっぱり減らしたい、という人は多いはずです。ここでは、アメリカのスピーチ訓練団体トーストマスターズ(Toastmasters International)のノウハウや、スピーチコーチの知見をもとに、効果があるとされる方法を紹介します。
まずは「自分がどれだけ言っているか」を知る
多くの人は、自分がどれだけ「えー」「あのー」と言っているかに気づいていません。トーストマスターズのミーティングでは、参加者の発言中の口癖の数を数える「Ah-Counter(あー・カウンター)」という役割が置かれるほど、まずは自覚することが重視されています。
自分一人で練習する場合は、スマートフォンで自分の話を録音・録画してみるのが手軽で効果的です。会議の発言やちょっとした説明を録音し、あとで聞き返してみると、想像以上に多くの「えー」「あのー」に気づくはずです。まずは数えることよりも、「気づく」ことが最初の一歩になります。
話す前に、話の骨組みを決めておく
第3章で触れたとおり、フィルドポーズが増える大きな原因の一つは、話の構成が固まっていないことです。逆に言えば、話し始める前に「最初に結論、次に理由を2つ、最後にまとめ」のような簡単な骨組みを決めておくだけで、口が止まる回数はかなり減ります。
トーストマスターズの指導記事でも、スピーチをしっかり計画し、導入・本論・結論という流れを作っておくことで、話しながら考える負担が減り、結果的にフィルドポーズも減ると説明されています。これは会議のプレゼンだけでなく、雑談で近況を話すときにも使える考え方です。
「えー」「あのー」の代わりに、無言の「間」を使う
もっとも効果があるとされているのが、フィルドポーズが出そうな瞬間に、あえて何も言わずに黒を作る、つまり「意図的な沈黙」に置き換えるという方法です。
無言の間には、次のようなメリットがあります。
- 聞き手に「次に何を言うのか」という期待感を持たせる
- 話すスピードが落ち着き、余裕のある印象になる
- 話し手自身が、次の言葉をしっかり選ぶ時間を確保できる
最初は無言になることに強い違和感や不安を感じるかもしれません。しかし、話し手が思っているよりも、聞き手は「無言の間」を気にしていないことがほとんどです。むしろ、フィルドポーズを連発するよりも、堂々とした印象を与えることが多いと言われています。
口を閉じる、短く区切って話す
スピーチコーチの間で紹介されているテクニックの一つに、「話す内容を短いブロックに分けて、そのブロックの間で意識的に口を閉じる」という方法があります。文章をひとつ話し終えたら、いったん口を閉じ、次に話す内容が決まってから、また口を開くという方法です。口が開いたままだと、その隙間を埋めるように「えー」が出やすくなるため、あえて口を閉じることでフィルドポーズが出る隙間そのものを減らすという考え方です。
減らす練習を繰り返す
フィルドポーズは長年の癖であることが多いため、一度の練習で完全になくすことは難しいのが現実です。トーストマスターズの現場では、即興で短いスピーチをするトレーニングを繰り返し行い、パートナーに口癖の数を数えてもらいながら、少しずつ制限時間を延ばしていくという練習方法が紹介されています。最初は2分間、次は3分間、というように、徐々に「口癖なしで話せる時間」を延ばしていくイメージです。
最近では、口癖を自動的に検知してくれるスマートフォンアプリも登場しており、一人で練習する場合の心強いサポートになります。
目指すのは「ゼロ」ではなく「ちょうどいい量」
最後に、一つだけ心に留めておきたいことがあります。トーストマスターズの記事でも明確に述べられているとおり、目指すべきは完全な排除ではなく、適度な減少です。
第1章で紹介したとおり、フィルドポーズには発言権の保持や、聞き手への予告といった、コミュニケーション上のちゃんとした役割があります。人前で一度も「えー」「あのー」を使わずに話すことは、多くの人にとって現実的でもなければ、必ずしも良いことでもありません。数回程度であれば、むしろ自然で人間らしい話し方に聞こえます。
大切なのは、聞き手の集中を妨げるほど頻発している状態を、聞きやすいレベルまで落とすことです。ゼロを目指してストレスを溜めるより、「減らせたらラッキー」くらいの気持ちで取り組むほうが、結果的にはうまくいきやすいでしょう。
まとめ 「えー」「あのー」は、あなたが下手だからではない
ここまで見てきたように、「えー」「あのー」という口癖には、次のような特徴がありました。
- 言語学的には「フィルドポーズ」と呼ばれる、はっきりと定義された現象で、決して珍しいものではない
- 単なるミスではなく、発言権の保持や、次の言葉への予告といった役割を持つ、いわば言葉の一種として研究されている
- 日本語だけの現象ではなく、英語の「um」「uh」、フランス語の「euh」、韓国語の「음」など、世界中の言語に同じ働きをする言葉が存在する
- 出やすくなる主な原因は、単語や話の構成をその場で組み立てる負荷と、緊張による処理能力の圧迫
- 減らすためには、自分の口癖を自覚すること、話の骨組みを事前に決めておくこと、フィルドポーズの代わりに意図的な無言の間を作ることが効果的
- 目指すべきは完全なゼロではなく、聞き手が気にならない程度までの、無理のない減少
「えー」「あのー」が多いと気づいたとき、それを「自分の話し方の欠陥」だと感じてしまう人は少なくありません。しかし実際には、世界中の言語で観察される、人間の脳が言葉を組み立てる過程そのものが生み出す、ごく自然な現象です。
大切なのは、自分を必要以上に責めることではなく、「話の構成を先に決める」「無言の間を怖がらない」といった、ちょっとした工夫を積み重ねていくことです。次に人前で話す機会があれば、まずは自分の話し方を録音してみることから始めてみてください。そこから見えてくる自分の癖こそが、次の一歩を教えてくれるはずです。


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