はじめに その「ボンド」、実は会社の名前かもしれません
工作をしていて「ちょっとボンド取ってくれる?」。
子どもが転んで膝をすりむいたときに「カットバン無かったかな?」。
書類をまとめるときに「ホッチキスどこ?」「セロテープ貸して」。
こんな会話、きっと誰でも一度はしたことがありますよね。私も毎日のように口にしています。
でも、実はこれらの言葉の多くは、特定の会社が持っている「商標」、つまり商品の名前なんです。
「ボンド」はコニシ株式会社の登録商標。「カットバン」は佐賀県の祐徳薬品工業の登録商標。「セロテープ」はニチバンの登録商標。そして、スマホで毎日のように読み取っている「QRコード」まで、デンソーウェーブという会社の登録商標なんです。
さらに面白いのが、同じ用途の物なのに、人によって呼び方がバラバラだということ。
瞬間接着剤のことを「アロンアルフア」と呼ぶ人もいれば、接着剤全般を「セメダイン」と呼ぶ人もいます。絆創膏(ばんそうこう)にいたっては「カットバン」「バンドエイド」「リバテープ」「サビオ」「キズバン」と、地域や家庭によって呼び名がまるで違います。
いったい、私たちの身の回りにはどれだけの「商標」があふれているのか?
そもそも商標ってなに?
普段の会話で言っちゃうのは大丈夫なの?テレビで商品名を言わないのはなぜ?
今回はそんな素朴な疑問を、国内の情報だけでなく海外の判例や法律も参照しながら、徹底的に調べてみました。読み終わるころには、きっと誰かに話したくなる「商標トリビア」が増えているはずです。
第1章 そもそも「商標」ってなに?
商標は「誰の商品か」を見分けるための目印
商標(しょうひょう)をひとことで言うと、「この商品やサービスは、どこの会社のものか」を見分けるための目印です。
スーパーでお茶を買うとき、私たちはパッケージの名前やロゴを見て「いつものあのお茶だ」と判断しますよね。もし、まったく別の会社が同じ名前・同じロゴで中身の違うお茶を売っていたら、お客さんは間違えて買ってしまいます。それに、もともとの会社が長年かけて築いてきた信用も台無しです。
そこで、国に登録した名前やマークを、その会社だけが使えるように守る仕組みが用意されています。それが商標権で、そのルールを定めているのが商標法という法律です。
商標になるのは「名前」だけじゃない
商標と聞くと商品名を思い浮かべがちですが、実はもっと幅広いものが商標として登録できます。
| 種類 | 例 |
|---|---|
| 文字 | 商品名、会社名、サービス名 |
| 図形・記号 | ロゴマーク、シンボルマーク |
| 立体 | 特徴的な形のボトルやキャラクター人形 |
| 音 | テレビCMでおなじみのサウンドロゴ |
| 色 | 商品に使われる特徴的な色の組み合わせ |
| 動き・ホログラム・位置 | 画面上で動くロゴ、決まった位置に付けるマーク |
日本では2015年から、「音」や「色」なども商標として登録できるようになりました。CMの最後に流れる、あの短いメロディーや社名の歌いあげ。あれも立派な商標になり得るんです。
商標権のポイントは「早い者勝ち」と「更新し続ければずっと続く」
商標権について、ざっくり押さえておきたいポイントは3つです。
1つ目は「先に出願した人が優先される」こと。
日本の商標制度は「先願主義(せんがんしゅぎ)」といって、基本的には先に特許庁へ出願した人に権利が与えられます。「うちの方が昔から使っていた」と主張しても、登録されていなければ守られにくいのが現実です。
2つ目は「10年ごとに更新すれば、ずっと持ち続けられる」こと。
発明を守る「特許権」は原則として出願から20年で切れてしまいますが、商標権は10年ごとに更新手続きをすれば、半永久的に持ち続けることができます。
この違いをうまく使った代表例が、実は「QRコード」です。特許庁の広報記事によると、デンソー(現デンソーウェーブ)は、特許は年数が経てば切れるけれど、「QRコード」という商標なら使い続けられると考えたそうです。技術そのものは誰でも使えるように開放して普及させつつ、名前はしっかり商標として守る。だからこそ、今でもQRコードを使う企業のウェブサイトなどには「QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です」という一文が添えられているんですね。
3つ目は「商品やサービスのジャンルごとに登録する」こと。
商標は「どの商品・サービスに使うか」を指定して登録します。このジャンルは国際的なルール(ニース分類)で45種類に分けられています。
つまり、同じ名前でも、ジャンルが違えば別の会社が登録できることがあるんです。ビールと新聞と靴で同じ社名やブランド名を見かけることがあるのは、こうした仕組みがあるからです。
「®」マークと「™」マークの違い
商品のパッケージで、名前の右上に小さな「®」や「™」が付いているのを見たことはありませんか?
- ®(Registered)…「登録済みの商標です」という意味。主にアメリカで法律上の意味を持つ表示です。
- ™(Trade Mark)…「これは私たちの商標として使っています(登録前のものも含む)」という意味の表示です。
実は日本の法律では、「®」マークそのものについての決まりはありません。日本の商標法で定められている正式な表示は「登録商標」という文字と登録番号を添える方法で、これは「付けるよう努めてください」という努力義務にとどまっています。
ただし注意したいのが、登録していないのに「登録商標」と表示するのはNGだということ。これは「虚偽表示」として商標法で禁止されていて、罰則まであります。この話は第5章でくわしく紹介しますね。
第2章 あれも商標、えっ!これも商標!?身近な商標を徹底リストアップ
お待たせしました。ここからは、普段なにげなく使っている「実は商標」な言葉を、ジャンル別に一気に紹介していきます。
表の見方は「よく使う呼び名」→「持っている会社(権利者)」→「一般的な呼び方(言い換え)」です。
※権利者は調査時点の情報で、事業の移り変わりなどで変わることがあります。
文房具・事務用品編
まずは、学校や職場で毎日のように使う文房具から。ここは「えっ!」の宝庫です。
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| セロテープ | ニチバン | セロハンテープ |
| ポストイット | スリーエム(3M) | 付箋(ふせん) |
| ボンド | コニシ | 接着剤、木工用接着剤 |
| アロンアルフア | 東亞合成 | 瞬間接着剤 |
| セメダイン | セメダイン | 接着剤 |
| マジックインキ | 内田洋行 | 油性マーカー |
| QRコード | デンソーウェーブ | 二次元コード |
セロテープとセロハンテープ
「セロテープ」はニチバンの登録商標で、一般的な名前は「セロハンテープ」です。ニチバンはもともと絆創膏を作っていた会社で、戦後すぐにセロハンテープの国産化に成功しました。ちなみに、同じ透明テープを、アメリカでは3M社の商標から「スコッチテープ」、イギリスでは「セロテープ(Sellotape)」と、それぞれの国でも商標名で呼ぶ人が多いそうです。透明テープは、世界中で「商標で呼ばれがち」な運命にあるようですね。
アロンアルファではなく「アロンアルフア」
ここで小ネタをひとつ。瞬間接着剤でおなじみの「アロンアルファ」、正式な商品名は「アロンアルフア」と、最後の「ア」が大きい表記なんです。パッケージをよく見てみると、確かにそうなっています。私も調べて初めて知りました。
マジック
油性マーカーを「マジック」と呼ぶ人も多いですよね。これは「マジックインキ」という商品名から来ています。
QRコード
冒頭でも触れたQRコード。1994年にデンソーの開発部門が発明した二次元コードで、今では決済からチケットまで世界中で使われています。「QR」は「Quick Response(すばやい反応)」の頭文字です。
救急箱・日用品編 絆創膏は「地域で名前が変わる」不思議なアイテム
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| カットバン | 祐徳薬品工業(佐賀) | 絆創膏(ばんそうこう) |
| バンドエイド | ケンビュー(旧ジョンソン・エンド・ジョンソンの消費者部門) | 絆創膏 |
| リバテープ | リバテープ製薬(熊本) | 絆創膏 |
| サビオ | 海外発祥のブランド(北海道で浸透) | 絆創膏 |
| キズバン | 共立薬品工業 | 絆創膏 |
| ウォシュレット | TOTO | 温水洗浄便座 |
| 万歩計 | 山佐時計計器 | 歩数計 |
| ポリバケツ | 積水化学工業 | ポリエチレン製バケツ |
絆創膏の呼び名マップが面白い
今回いちばん「えっ!」となったのが、絆創膏の呼び方です。
一般的に、九州(特に熊本周辺)では「リバテープ」、九州や中国・四国の一部、北陸などでは「カットバン」、北海道では「サビオ」、そして全国的には「バンドエイド」と呼ぶ人が多いと言われています。
北海道新聞の記事によると、「サビオ」はスウェーデンに本拠を置く会社のブランドで、日本で最初に発売されたのは1963年。当時の販売元は、なんと「セロテープ」のニチバンでした。その後、販売元はライオンに移り、北海道を中心に根強く呼び名が残ったそうです。
地元を離れて暮らすと、「カットバンある?」と聞いて「え、それバンドエイドのこと?」と返される…なんてこともよくあるそうです。同じ物なのに、生まれ育った場所で呼び名が変わる。商標が「方言」のような役割を果たしているのが面白いところです。
ウォシュレットとシャワートイレ
おしりを洗ってくれるトイレの便座を「ウォシュレット」と呼ぶ人は多いですよね。これはTOTOの登録商標です。ライバルのLIXIL(旧INAX)は同じタイプの商品を「シャワートイレ」という名前で販売しています。一般的な名前は「温水洗浄便座」です。
万歩計
歩いた歩数を数える道具は「万歩計」と呼ばれがちですが、これは山佐時計計器の登録商標。一般名称は「歩数計」です。
キッチン・食べ物編
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| サランラップ | 旭化成ホームプロダクツ | 食品用ラップフィルム |
| クレラップ | クレハ | 食品用ラップフィルム |
| タッパー | タッパーウェアブランズ | 密閉保存容器 |
| ジップロック | S.C.ジョンソン | ジッパー付き保存袋 |
| サーモス | サーモス | 魔法瓶、真空断熱ボトル |
| シーチキン | はごろもフーズ | ツナ缶 |
| カップヌードル | 日清食品 | カップ麺 |
| 巨峰 | 日本巨峰会 | 大粒ぶどうの品種名として使われがち |
タッパーは「タッパーウェア」の略
フタつきのプラスチック保存容器を、なんでもかんでも「タッパー」と呼んでいませんか?これはアメリカのタッパーウェア社の商品名「タッパーウェア(Tupperware)」から来ています。
シーチキンはツナ缶の一種
「シーチキン」ははごろもフーズの登録商標。他の会社のツナ缶を「シーチキン」と呼ぶのは、厳密にいえば別の商品を指していることになります。
サーモスは日本では今も商標、でもアメリカでは…
魔法瓶の「サーモス」。日本では今もサーモス株式会社のブランドとして商標が守られていますが、アメリカでは1960年代の裁判で「thermos」が魔法瓶を表す一般的な言葉になったと判断されてしまいました。この「商標が一般名詞になってしまう」怖い話は、次の章でくわしく紹介します。
家電・ガジェット・サービス編
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| ウォークマン | ソニー | 携帯音楽プレーヤー |
| ルンバ | アイロボット | ロボット掃除機 |
| 宅急便 | ヤマト運輸 | 宅配便 |
| ファミコン | 任天堂 | 家庭用ゲーム機 |
| ジャグジー | ジャクージ社(Jacuzzi) | ジェットバス、気泡浴槽 |
「宅急便」と「宅配便」は別物
ここは間違えやすいポイントです。「宅急便」はヤマト運輸の登録商標で、ヤマト運輸のサービスだけを指す言葉です。他の会社の荷物配達サービスも含めた一般的な言葉は「宅配便」。たった一文字違いですが、意味はまったく違うんです。
ジャグジーは人の名前から
泡が出るお風呂を「ジャグジー」と呼ぶことがありますが、これはイタリア系アメリカ人のジャクージ兄弟が創業した会社の名前に由来する商標です。
乗り物・建設・アウトドア編
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| キャタピラー | キャタピラー社(米国) | 無限軌道、クローラー |
| テトラポッド | 不動テトラ | 消波ブロック |
| ジェットスキー | 川崎重工業 | 水上オートバイ |
| プチプチ | 川上産業 | 気泡緩衝材 |
海岸の「テトラポッド」も商標!
海岸に積まれている、4本足の大きなコンクリートブロック。あれを「テトラポッド」と呼ぶ人は多いですが、これは不動テトラという会社の登録商標です。一般的には「消波(しょうは)ブロック」と呼ばれます。
戦車やブルドーザーの「キャタピラー」
ベルト状の車輪も、アメリカのキャタピラー社の商標です。一般名称は「無限軌道」や「クローラー」です。
梱包材の「プチプチ」
つぶすのがクセになる、あの梱包材。「プチプチ」は川上産業の登録商標で、一般的には「気泡緩衝材(きほうかんしょうざい)」と呼ばれます。
遊び・おもちゃ・音楽編
| よく使う呼び名 | 権利者 | 一般的な呼び方 |
|---|---|---|
| ラジコン | 増田屋コーポレーション | ラジオコントロール模型、RCカー |
| ピアニカ | ヤマハ | 鍵盤ハーモニカ |
| メロディオン | 鈴木楽器製作所 | 鍵盤ハーモニカ |
| エレクトーン | ヤマハ | 電子オルガン |
| ジェンガ | ハズブロ(海外権利者) | 積み木崩しゲーム |
ピアニカ派?メロディオン派?
小学校の音楽の授業で使った、ホースで息を吹き込む鍵盤楽器。「ピアニカ」はヤマハ、「メロディオン」は鈴木楽器製作所の登録商標で、一般的な名前は「鍵盤ハーモニカ」です。学校でどちらのメーカーを使っていたかで、呼び名が分かれるんですね。
楽器の世界にも、実は商標がたくさんあります。「エレクトーン」もヤマハの商標で、一般的には「電子オルガン」と呼ばれます。
ラジコン
電波で操縦するおもちゃの車は「ラジコン」と呼ぶのが当たり前ですが、これも増田屋コーポレーションの登録商標です。
第3章 えっ!これも元は商標だった!?「普通名称化」という商標の“死”
有名になりすぎると、商標は消えてしまうことがある
ここまで読んで、「こんなに当たり前に使われているなら、もう商標じゃないのでは?」と思った方もいるかもしれません。
実はその感覚、半分正解なんです。
商標があまりにも有名になり、みんなが商品の種類そのものを表す言葉として使うようになると、その言葉は「普通名称(一般名詞)」になってしまい、商標としての力を失うことがあります。これを日本では「普通名称化」、英語圏では「Genericide(ジェネリサイド)」と呼びます。「generic(一般的な)」と「-cide(殺す)」を組み合わせた言葉で、直訳すると「一般名詞化による死」。なかなか物騒なネーミングですよね。
日本の商標法でも、商品の普通名称はそもそも商標として登録できないと決められています(第3条)。また、すでに登録されている商標であっても、それが一般的な名前として普通に使われる方法で表示されている場合には、商標権の効力が及ばないとされています(第26条)。
つまり、会社にとっては「売れて有名になることはうれしいけれど、有名になりすぎると名前を失う」という、なんとも皮肉なジレンマがあるわけです。
実は元・商標だった言葉たち
では、実際に「普通名称化」してしまった言葉にはどんなものがあるのでしょうか。
| 言葉 | もともとの成り立ち |
|---|---|
| エスカレーター | アメリカのオーチス社の商標。1950年に米国で商標登録が取り消された |
| ヨーヨー | アメリカのダンカン社の商標だったが、1960年代に米国で一般名称と判断された |
| アスピリン | ドイツのバイエル社の商標。米国では1921年の裁判で一般名称と判断された(ドイツやカナダなどでは今も商標) |
| ジッパー | アメリカのグッドリッチ社の商標だったが一般名称化した |
| トランポリン | アメリカのメーカーの商標だったが一般名称化した |
| サーモス | 米国で1960年代に一般名称と判断(日本では今も商標) |
| リノリウム | 床材の名前。19世紀のイギリスで一般名称とされた、普通名称化の最初期の例と言われる |
| 正露丸 | 日本の胃腸薬。裁判で普通名称と判断された |
エスカレーターも、元は商品名
デパートや駅にある「エスカレーター」。今では当たり前の言葉ですが、もともとはエレベーター会社として有名なオーチス社の商標でした。しかし、オーチス社自身が広告で「エスカレーター」を一般名詞のように使っていたこともあり、1950年にアメリカで商標登録が取り消されてしまいました。
アスピリンは国によって扱いが違う
解熱鎮痛薬の「アスピリン」は、ドイツのバイエル社がつけた商品名です。アメリカでは1921年の裁判で一般名称と判断されましたが、ドイツやカナダなどでは今もバイエル社の商標として扱われています。同じ言葉でも、国によって「商標」か「一般名詞」かが違うというのは、海外の文献を調べて初めて知った面白いポイントでした。
日本の代表例「正露丸」
日本でいちばん有名な普通名称化の例が、あのラッパのマークでおなじみの胃腸薬「正露丸」です。
正露丸の歴史は明治時代にさかのぼります。裁判の記録によると、日露戦争のころ、陸軍で腸の病気の予防薬としてクレオソートを使った丸薬が作られ、兵士に配られました。独特のにおいで飲みにくかったため、服用をすすめる目的で戦争の名前にちなんで「征露丸(せいろがん)」と名づけられたのが名前の始まりだそうです。
その後、多くの製薬会社が同じ名前で薬を作るようになりました。大幸薬品は「正露丸」を商標登録していましたが、他社から無効を求める審判が起こされ、最終的に「正露丸」はクレオソートを主成分とする胃腸薬の普通名称だと判断されました。
さらに2000年代には、大幸薬品が、似たパッケージで「正露丸」を販売していた別の製薬会社を訴えましたが、大阪地裁(2006年)・大阪高裁(2007年)ともに大幸薬品の請求は認められませんでした。2012年の別の裁判でも、「正露丸」は普通名称であり、他社の商品と見分けるための力を持っているのはラッパのマークと会社名だ、という判断が示されています。
だからこそ、今も薬局に行くと、いろいろなメーカーの「正露丸」が並んでいるんですね。そして大幸薬品が「ラッパのマーク」を強くアピールしているのにも、こうした背景があるわけです。
「ホッチキス」は今どういう扱い?
紙をとめる文房具の「ホッチキス」。その名前は、明治時代に日本へ輸入された、アメリカの「E.H.ホッチキス社」の製品名に由来すると言われています。
今では日本でも一般名称のように使われていますが、新聞やテレビなどでは「ステープラー」と言い換えられることが多い言葉です。普段の会話ではホッチキス、公の場ではステープラー。ちょっと覚えておくと便利です。
第4章 日本のブログでは見かけない?海外の「商標を守る」驚きの戦い
ここからは、国内の記事ではあまり紹介されていない、海外の事例をいくつか紹介します。調べてみると、海外の企業は自分たちの名前を一般名詞にさせないために、本当にいろいろな工夫をしていました。
オーストリアで「ウォークマン」が一般名詞になった事件
日本が誇るソニーの「ウォークマン」。実はオーストリアでは、2002年に最高裁判所で「ウォークマンは携帯ステレオを表す一般的な言葉になった」と判断され、ソニーが他社の使用を止められなくなってしまいました。
イギリスの法律事務所ピンセント・メイソンズの記事によると、ことの発端は1994年。オーストリアの卸売業者が、ソニー以外のメーカーの携帯ステレオまで、販売カタログで「ウォークマン」と表現していたことでした。裁判所は判断の材料のひとつとして、ドイツ語の辞書に「ウォークマン」がソニーと結びつけずに載っていたことを挙げたそうです。
ここで重要なのが「辞書」というキーワードです。
EUには「辞書に商標と書いてね」と求められる法律がある
この「辞書に載ると普通名称化しやすい」という問題に対して、ヨーロッパ(EU)では驚きのルールが作られています。
EUの商標に関する法律(EU商標規則や商標指令の第12条)では、辞書や百科事典などに商標が載っていて、それがまるで一般的な名前であるかのような印象を与える場合、商標を持っている会社が求めれば、出版社はそれが登録商標であることを示さなければならないと決められています。紙の辞書なら、遅くとも次の版で対応しなければいけません。
日本には、ここまで踏み込んだ法律上のルールはありません。辞書に載ることがそこまで重大に扱われているのは、ヨーロッパならではの考え方ですね。
ちなみに、オックスフォードの英語辞典では「Hoover(フーバー)」という言葉を「掃除機(正しくはフーバー社が作ったもの)」というように、会社とのつながりを示して説明しているそうです。イギリスでは掃除機をかけることを「to hoover」と言うほど一般的な言葉になっていますが、辞書の書き方ひとつにも、こうした配慮が見られるんです。
「ググる」はセーフ?グーグル商標裁判
日本でも「ググる」という言葉はすっかり定着していますよね。アメリカでは、このことが実際に裁判になりました。
2017年、アメリカの連邦控訴裁判所(第9巡回区)で、「google」という言葉は「ネットで検索する」という意味の動詞として広く使われているのだから、もう一般名詞になっている、グーグルの商標は取り消すべきだ、という訴えについての判断が出されました。
結果はグーグルの勝ち。裁判所は、動詞として使われているからといって、それだけで一般名詞になったとは言えないと判断しました。人が「ググる」と言うとき、グーグルの検索エンジンを思い浮かべていることもあれば、検索全般を指していることもある。大事なのは、「google」と聞いて人々が「検索エンジン全般の名前」だと受け取るのか、それとも「グーグルという特定の検索エンジン」だと受け取るのか、という点だとされました。
また、この裁判では、グーグルが辞書の出版社などに対して商標であることを示すよう働きかけてきたことが、むしろ「商標を守る努力をしてきた証拠」としてグーグルに有利に評価された点も注目されています。
「ベルクロって言わないで!」と歌った会社
面ファスナーで有名なアメリカのベルクロ社(Velcro)は、2017年に、自社の弁護士たちが「ベルクロという言葉を一般名詞として使わないで」とユーモラスに歌うミュージックビデオを公開して話題になりました。正しくは「hook and loop(フック・アンド・ループ)」と呼んでね、という呼びかけです。
日本では、同じような面ファスナーを「マジックテープ」と呼ぶ人が多いですが、これはクラレという会社の登録商標です。一般名称は「面ファスナー」です。
「ゼロックスする」はNG?コピー機メーカーの広告
コピー機で有名なゼロックス社は、かつて英語圏で「コピーする」ことを「xerox(ゼロックスする)」と言う人が増えたことに危機感を抱き、「ゼロックスは動詞ではありません」と伝える広告を新聞や雑誌に出したことで知られています。
同じように、絆創膏の「バンドエイド」も、アメリカのCMソングで商品名のあとに「ブランド」という一語を加えるように変えたと言われています。「バンドエイド」は商品の種類ではなく、あくまでブランド名ですよ、というアピールです。
海外の「正しい商標の使い方」ルール
アメリカの商標の専門家たちは、企業に対して次のような使い方をすすめています。
- 商標は形容詞として使い、一般的な名詞と一緒に書く(例 「Kleenex tissue(クリネックスのティッシュ)」)
- 商標を動詞として使わない
- 商標を複数形にしない
- 文章の中で、ほかの文字と区別できるように目立たせる
日本語に置き換えると、「ボンドで貼る」ではなく「ボンド(木工用接着剤)で貼る」のように書くイメージです。日本の企業でも、カタログやウェブサイトで「〇〇は株式会社△△の登録商標です」と注意書きを入れているのを見かけますが、これも同じように「うちの商標ですよ」と世の中に示し続けるための努力なんです。
第5章 普段の会話はOK?ダメな商標の使い方を徹底調査
さて、ここからがいちばん気になるところ。
「普段の会話で商標を言っちゃうのは、法律違反になるの?」という疑問です。
結論 普段の会話で言うのはまったく問題なし
安心してください。家族や友だちとの会話で「ボンド取って」「カットバンある?」と言うのは、まったく問題ありません。
商標権は、あくまで「商売として(業として)」商品やサービスにその名前を使うことを守る権利です。日常会話で商品名を口にしても、それは商売ではありませんし、誰かのブランドの信用を傷つけるわけでもありません。
ただし、使い方によっては問題になるケースもあります。ここから具体的に見ていきましょう。
NGその1 同じ名前・似た名前の商品を勝手に売る
いちばんわかりやすいダメな例がこれです。
たとえば、自分で作った接着剤に「ボンド」という名前をつけて販売したり、自作の絆創膏を「カットバン」として売ったりするのは、商標権の侵害になる可能性が高いです。
さらに注意したいのは、まったく同じ名前でなくても、「似ている名前」や「似ている商品」にも商標権は及ぶということ。ちょっと名前を変えたから大丈夫、とはならない場合があります。
商標権を侵害した場合のペナルティは、思っている以上に重いです。
- 商標権者から販売の差し止めや損害賠償を求められる可能性がある
- 刑事罰として、10年以下の拘禁刑または1,000万円以下の罰金(または両方)が科される可能性がある(商標法第78条)
- 会社などの法人の場合、罰金は3億円以下まで引き上げられている
かつては「5年以下・500万円以下」だったものが、偽ブランド品の増加などを背景に、2006年の法改正で大きく引き上げられました。それだけ、商標の侵害は重く見られているということです。
NGその2 フリマアプリやネットショップでの「〇〇風」「〇〇みたいな」表記
最近、特に気をつけたいのがフリマアプリやネットショップです。
偽物のブランド品を、偽物と知りながら売るのはもちろん商標権の侵害になりますし、本物だとウソをついて売れば詐欺罪にもなり得ます。
また、偽物でなくても、ノーブランドの商品の名前に他社の商標を入れて「〇〇風」「〇〇タイプ」などと書くのは要注意です。検索で見つけてもらいやすくするために有名な商品名を入れたくなる気持ちはわかりますが、トラブルのもとになりかねません。フリマアプリの多くも、利用規約で他人の商標を不正に使うことを禁止しています。
NGその3 登録していないのに「登録商標」と書く(虚偽表示)
第1章で少し触れましたが、商標登録していないのに「登録商標」と表示したり、それとまぎらわしい表示をしたりするのは禁止されています(商標法第74条)。違反すると、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金という罰則まであります(商標法第80条)。
「なんとなくカッコいいから」と、登録していない自分のロゴや屋号に「登録商標」と書いてしまうのは絶対にやめましょう。
NGその4 他人の商標を先回りして出願する
ニュースなどで、有名な言葉や他人が使っている名前を、関係のない人が先回りして商標出願してしまうケースが話題になることがあります。日本は「早い者勝ち」の先願主義ですが、他人の有名な商標を不正な目的で出願しても、特許庁で登録が認められないことが多く、トラブルや信用の低下につながるだけです。
ブログやSNSで商品名を書くのは大丈夫?
ブログを書いている身として、私もいちばん気になったのがここでした。
結論から言うと、ブログやSNSで商品を紹介したり、感想を書いたりするために商品名を書くこと自体は、基本的には問題ありません。「このボンドが使いやすかった」「バンドエイドの新商品を試してみた」といった紹介は、その商品を指し示しているだけで、自分の商品の名前として使っているわけではないからです。
ただし、次のような使い方は避けたほうが安全です。
- 他社のロゴやマークを、まるで自分のブログやお店の公式マークのように使う
- 自分のブログ名、ショップ名、商品名に他社の有名な商標を入れる
- 公式サイトのように見せかけたり、誤解させたりする書き方をする
- 商品をけなすために、ウソや根拠のないことを書く
また、ブログ記事やSNSの投稿では、正確さを大切にするなら「セロテープ(セロハンテープ)」のように、一般名称を添えて書くのもおすすめです。読者にとってもわかりやすくなりますし、商標を持つ会社への配慮にもなります。
テレビで商品名を言わない(言えない)のはなぜ?
テレビを見ていて、「ばんそうこう」「セロハンテープ」「ステープラー」など、ふだんあまり使わない言い方をしているのに気づいたことはありませんか?
これには、テレビ局ならではの事情があります。
NHKの場合
NHKは、放送法によって広告放送が禁止されています。そのため、特定の会社や商品の宣伝にならないよう、番組での企業名・商品名の扱いについて細かいガイドラインを作っています。報道によると、このガイドラインでは、ライバル企業から見て不公平にならないか、演出上どうしても必要か、といった点を考えたうえで、出し方や回数を工夫することとされています。そして、登録商標の呼び方についてもルールが定められているそうです。
NHKの料理番組などでは、出演者が商品名を言わないように注意を受けることがあり、生放送中に出演者がうっかり話題にしてニュースになったこともありました。テレビ業界の関係者の間では、NHKのバラエティー番組で商品名や会社名を出さないのは「常識」とされているようです。
民放の場合
民放はCM(広告)で成り立っているので、NHKとは少し事情が違います。番組のスポンサーになっている会社のライバル商品の名前を出すと、スポンサーとの関係がこじれてしまうことがあります。また、お金をもらっていないのに特定の商品の宣伝をしているように見えることも避けたい。そのため、民放でも一般名称に言い換えることが多いんです。
新聞の場合
新聞や通信社も、記事を書くときのルールブック(用字用語集)を持っていて、商標については一般名称に言い換えるよう定めていることが多いです。「セロテープ」は「セロハンテープ」、「宅急便」はヤマト運輸のサービスを指す場合以外は「宅配便」、といった具合です。
つまり、テレビや新聞で商品名を言わないのは、法律で禁止されているからというより、「公平さ」や「宣伝にならないこと」を大切にしているからなんですね。
覚えておくと便利!商標→一般名称の言い換え早見表
最後に、ブログや仕事の文章、人前で話すときに使える言い換え表をまとめておきます。
| つい言っちゃう言葉 | 一般的な言い方 |
|---|---|
| ボンド | 接着剤、木工用接着剤 |
| アロンアルフア | 瞬間接着剤 |
| セロテープ | セロハンテープ |
| ポストイット | 付箋 |
| マジック | 油性マーカー、油性ペン |
| ホッチキス | ステープラー |
| カットバン、バンドエイド、リバテープ、サビオ、キズバン | 絆創膏(ばんそうこう) |
| ウォシュレット | 温水洗浄便座 |
| サランラップ、クレラップ | 食品用ラップ |
| タッパー | 密閉保存容器 |
| ジップロック | ジッパー付き保存袋 |
| シーチキン | ツナ缶 |
| マジックテープ | 面ファスナー |
| プチプチ | 気泡緩衝材 |
| テトラポッド | 消波ブロック |
| キャタピラー | 無限軌道、クローラー |
| ジェットスキー | 水上オートバイ |
| ラジコン | ラジオコントロール模型 |
| ピアニカ、メロディオン | 鍵盤ハーモニカ |
| エレクトーン | 電子オルガン |
| 万歩計 | 歩数計 |
| 宅急便 | 宅配便 |
| ウォークマン | 携帯音楽プレーヤー |
| ルンバ | ロボット掃除機 |
| QRコード | 二次元コード |
まとめ 商標は、会社が大切に育ててきた「名前」
今回は「あれも商標、えっ!これも商標!?」というテーマで、身近な商標について徹底的に調べてみました。最後に、各章のポイントを振り返ってみましょう。
第1章 商標ってなに?
商標は、商品やサービスが「どこの会社のものか」を見分けるための目印です。名前だけでなく、ロゴや形、音や色まで登録できます。早い者勝ちで、10年ごとに更新すればずっと持ち続けられ、ジャンルごとに登録する仕組みです。
第2章 身近な商標リスト
ボンド、セロテープ、カットバン、ウォシュレット、タッパー、テトラポッド、ピアニカ、そしてQRコード。私たちが普通の言葉だと思っているものの多くは、特定の会社の商標でした。絆創膏の呼び名が地域ごとに違うのも、商標ならではの面白さです。
第3章 普通名称化
有名になりすぎた商標は、一般名詞になって権利を失ってしまうことがあります。エスカレーター、ヨーヨー、そして日本の正露丸がその例です。同じ言葉でも、国によって扱いが違うこともあります。
第4章 海外の事例
ウォークマンがオーストリアで一般名詞と判断された事件、辞書への商標表示をルール化したEUの法律、「ググる」をめぐるグーグルの裁判、自社の弁護士に歌わせたベルクロ社の動画。海外の企業は、名前を守るためにさまざまな努力をしていました。
第5章 ダメな使い方
普段の会話で商標を使うのはまったく問題ありません。問題になるのは、同じ名前や似た名前で商品を売ったり、登録していないのに登録商標と表示したりする「商売としての使い方」です。テレビで商品名を言わないのは、主に公平さや宣伝にならないことへの配慮からでした。
こうして調べてみると、私たちが何気なく「ボンド取って」と言えるのは、その商品が長い年月をかけて多くの人に愛され、信頼されてきた証拠なんだと感じます。会社にとっては、名前を守るための苦労のタネでもあるけれど、それだけ生活に溶け込んでいる「誇らしい名前」でもあるんですね。
次に誰かが「カットバンある?」と言ったら、「それ、佐賀の会社の商標なんだよ」とちょっとだけ自慢してみてください。そして、ブログや仕事の文章を書くときには、ほんの少しだけ商標に気を配ってみる。それだけで、言葉の世界がちょっと面白く見えてくるはずです。
参考文献・参照元
法律・公的機関
- 商標法(昭和三十四年法律第百二十七号) e-Gov法令検索/日本法令外国語訳データベース
- 特許庁「『QRコード』の特許と商標」(特許庁広報・イノベーション関連記事)
- 特許庁「産業財産権侵害の罰則の見直し」(平成18年法律改正解説)
- 裁判所ウェブサイト 「正露丸」商標登録無効審判の審決取消訴訟に関する判決資料
- 裁判所ウェブサイト 大阪地方裁判所 平成18年7月27日判決(平成17年(ワ)第11663号 不正競争行為差止等請求事件)
- 裁判所ウェブサイト 大阪高等裁判所 平成19年10月11日判決(平成18年(ネ)第2387号)
- 裁判所ウェブサイト 大阪地方裁判所 平成24年9月20日判決(平成23年(ワ)第12566号)
海外の文献・法令
- Directive (EU) 2015/2436, Article 12 “Reproduction of trade marks in dictionaries”(legislation.gov.uk)
- Regulation (EU) 2017/1001 on the European Union trade mark, Article 12(EUR-Lex)
- Pinsent Masons “Sony loses Walkman trade mark as too generic”(Out-Law News)
- World Trademark Review “‘Walkman’ has become generic, rules Supreme Court”(2002年11月)
- Elliott v. Google, Inc., 860 F.3d 1151 (9th Cir. 2017)
- Finnegan “‘Google’ Survives Attempted Genericide”(2017年)
- Eric Goldman “Google Gets Big Ninth Circuit Win That Its Eponymous Trademark Isn’t Generic”(Technology & Marketing Law Blog)
- Proskauer “Google Escapes Genericide Claim in Ninth Circuit Decision”(New Media and Technology Law Blog)
国内の報道・解説記事
- 東洋経済オンライン ニチバン「セロテープ」に関する記事
- 現代ビジネス「『セロハンテープ』一筋で100年企業に成長したニチバンの凄い経営」
- 北海道新聞「サビオ」の歴史に関する記事
- ビジネスジャーナル NHKの番組での商品名の扱いに関する記事
- 弁護士JP「NHK“中国EC特集”が炎上『宣伝だ』批判も…放送法は“広告放送”を禁止」
- モノリス法律事務所「事例で学ぶ『商標権侵害』の基準と罰則」
- 各社公式ウェブサイト(コニシ、東亞合成、ニチバン、祐徳薬品工業、TOTO、デンソーウェーブ ほか)
ご注意
この記事は、商標に関する一般的な情報を、わかりやすくお伝えすることを目的として作成しています。掲載している商標の権利者や登録状況、法律の内容、裁判例などは執筆時点で調べた情報に基づいていますが、その正確性・完全性・最新性を保証するものではありません。商標の登録状況は、権利の移転や更新の有無などによって変わることがあります。
実際に商品名やサービス名を考える、商標を出願する、他社の商標を使った販売や広告を行うなど、具体的な判断が必要な場合は、特許庁の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」で最新の登録情報を確認するとともに、弁理士や弁護士などの専門家にご相談ください。
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