シヴィエさんこの前観た映画の結末が思い出せない…
アマエビちゃんひょっとして…倍速で観たりしてない?
はじめに 「観たはずなのに、覚えていない」という違和感
動画配信サービスを開けば、見きれないほどの映画やドラマ、アニメが並んでいます。音楽のサブスクには数千万曲が用意され、スマホを開けばSNSのタイムラインには新作の話題が次から次へと流れてきます。
ほんの20年ほど前まで、好きな映画は「レンタルビデオ店で借りて返却期限までに観るもの」、好きな音楽は「お小遣いを貯めてCDを1枚買うもの」でした。それが今では、月に数百円から千数百円を払えば、ほぼ無限のエンターテインメントに手が届きます。
これは間違いなく素晴らしい変化です。でも同時に、こんな感覚に覚えはないでしょうか。
- 話題のドラマを倍速で一気に観たのに、1か月後にはあらすじすら思い出せない
- 新しいアニメを毎クール何本も観ているのに、心に残っている作品が少ない
- プレイリストで何百曲も聴いているのに、曲名とアーティスト名が一致しない
- ゲームを買っても、攻略サイトを見ながら最短ルートでクリアして、すぐに次のゲームへ
いわゆる「タイムパフォーマンス(タイパ)」を意識するのが当たり前になった今、私たちのコンテンツの消費速度は明らかに早くなっています。
この記事では、まずコンテンツの消費速度が早くなったのはなぜなのかを、社会の変化と人間の心のしくみの両面から徹底的に解説します。そのうえで、日本ではまだあまり紹介されていない海外の心理学研究も参照しながら、気に入ったコンテンツを長く、深く楽しむための具体的な方法をジャンル別にお伝えしていきます。
「最近なんだか楽しめていないかも」と感じている人ほど、ぜひ最後まで読んでみてください。
第1章 コンテンツの消費速度が早くなったのはなぜ?6つの理由を徹底解説
コンテンツの消費が早くなった理由は、ひとつではありません。いくつもの要因が重なり合い、お互いを強め合っています。ここでは大きく6つに分けて見ていきましょう。
理由1 サブスクの普及で「選び放題」になった
最も大きな変化は、サブスクリプション(定額制サービス)の普及です。
かつては作品を1本観るごとにお金がかかりました。レンタル代やCD代を払う以上、「せっかくだから元を取ろう」と何度も観たり聴いたりするのが自然でした。
ところがサブスクでは、1本観ても10本観ても料金は同じです。1作品あたりのコストが実質ゼロに近づいたことで、「つまらなければすぐやめて次へ」という行動が気軽にとれるようになりました。
さらに、選択肢が多すぎることそのものにも落とし穴があります。アメリカの心理学者シーナ・アイエンガーとマーク・レッパーが行った有名な実験では、スーパーの試食コーナーにジャムを24種類並べたときより、6種類に絞ったときのほうが、実際に購入した人の割合がずっと高かったことが報告されています。選択肢が多すぎると、人は迷い、選んだものへの満足感も下がりやすくなるのです。
配信サービスのトップ画面を前に「何を観ようか」と延々とスクロールし続けた経験は、まさにこの状態だといえるでしょう。そして「もっと良い作品があるかもしれない」という気持ちが、今観ている作品への集中を邪魔してしまいます。
理由2 SNSで「話題に乗り遅れたくない」気持ちが強まった
SNSの存在も、消費のスピードを加速させています。
新作の配信が始まると、その日のうちにタイムラインは感想や考察であふれます。早く観ないとネタバレを踏んでしまうかもしれない。友人やフォロワーとの会話についていけなくなるかもしれない。こうした「取り残されたくない」という焦りは、英語圏では「FOMO(Fear Of Missing Out)」と呼ばれ、SNS時代の特徴的な心理として注目されています。
結果として、「じっくり味わいたいから観る」のではなく、「話題に参加するために早く観ておく」という動機が生まれます。作品そのものを楽しむことより、”観たという事実”を手に入れることが目的になってしまうのです。
理由3 「タイパ」という価値観が広がった
こうした流れを象徴するのが「タイパ」という言葉です。
「タイパ」は、2022年に三省堂の「今年の新語」で大賞に選ばれました。かけた時間に対する効果や満足度、つまり時間の効率を表す言葉で、「コスパ」をもじって生まれたものです。選考理由として挙げられたのは、映画やドラマの倍速視聴、あらすじだけを短くまとめた「ファスト映画」、音楽のサビだけを聴くといった行動に現れた、時代の価値観でした。
同じ2022年には、ライターの稲田豊史さんによる『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)も話題になりました。若い世代を中心に、映画やドラマを倍速で観たり、会話のないシーンを10秒飛ばしたりする人が増えていることを取り上げ、大きな議論を呼びました。
もちろん、時間を大切にすることは悪いことではありません。仕事や家事、学業で忙しい現代人にとって、限られた自由時間を有効に使いたいと考えるのは当然です。ただ、「効率よく消費する」ことと「心から楽しむ」ことは、必ずしも同じではありません。この点は第2章で詳しく見ていきます。
理由4 私たちの「集中が続く時間」が短くなった
アメリカ・カリフォルニア大学アーバイン校の情報学者グロリア・マーク教授は、人がパソコンやスマホの画面をどのくらいの時間見続けてから別の画面に切り替えるのかを、20年近くにわたって実際の職場や生活の場で測定してきました。
その結果は驚くべきものでした。2004年ごろには、ひとつの画面に注意を向けている時間は平均でおよそ2分半でした。それが2012年には75秒ほどに、そして2016年ごろ以降の調査では平均47秒にまで短くなっていたのです。中央値(真ん中の値)は40秒で、つまり半分のケースでは40秒も経たないうちに別の画面へ移っていたことになります。
マーク教授は、この傾向がパソコンだけでなく、映画やテレビ番組の映像そのものにも表れていると指摘しています。カットが切り替わる間隔がどんどん短くなり、私たちはめまぐるしく変化する映像に慣れきっているのです。
なお、この「47秒」はあくまで画面を切り替えるまでの時間であり、人間の集中力そのものが生物学的に47秒しかもたない、という意味ではありません。ただ、細切れの注意に慣れた私たちが、2時間の映画や長編小説、何十時間もかかるRPGを「長い」と感じやすくなっているのは確かでしょう。
理由5 コンテンツそのものが「速く」作られるようになった
消費する側だけでなく、作る側も変化しています。
カナダの音楽学者ユベール・レヴェイエ=ゴーヴァンは、アメリカのヒットチャートでトップ10に入った1986年から2015年までの楽曲、303曲を分析しました。すると、歌が始まるまでのイントロの長さが、1980年代半ばには平均20秒以上あったのに対し、近年ではわずか5秒ほどにまで短くなっていたことがわかりました。テンポも速くなり、曲のタイトルを歌詞の早い段階で歌う傾向も強まっていたといいます。
背景にあるのは「アテンション・エコノミー(関心経済)」という考え方です。情報があふれる時代には、人の注意(アテンション)こそが限られた貴重な資源になる。スキップボタンひとつで次の曲へ移れる環境では、最初の数秒で心をつかまなければ聴いてもらえない、というわけです。実際、2014年に行われたSpotifyの聴取データの分析では、再生された曲のおよそ2割が最初の5秒以内にスキップされていたと報じられています。
ただし、レヴェイエ=ゴーヴァン自身は、この変化を必ずしも悪いことだとは考えていません。表現の形が環境に合わせて変わるのは、ある意味で自然なことだからです。とはいえ、作り手が「すぐに飽きられる前提」で作品をつくり、受け手がそれに慣れて「さらにすぐ飽きる」という循環が生まれているのは、知っておいて損はない事実です。
理由6 人間はもともと「慣れる」生き物だから
最後の理由は、時代の変化ではなく、人間の心にもともと備わっているしくみです。
心理学には「快楽順応(ヘドニック・アダプテーション)」という言葉があります。どんなに嬉しい出来事や楽しい体験も、繰り返したり続けたりするうちに、だんだん刺激が薄れて当たり前になっていく、という現象です。新しいスマホを買った瞬間のワクワクが数週間で消えてしまうのも、この働きによるものです。
快楽順応そのものは、悪いことばかりではありません。つらい出来事にも慣れて立ち直れるのは、この働きのおかげでもあります。ただ、サブスクやSNSのように「次の新しい刺激」がいくらでも手に入る環境では、少し慣れてきたらすぐに新しいものへ乗り換える、ということが簡単にできてしまいます。こうして、ひとつの作品とじっくり付き合う前に、次々と新作へ移っていくサイクルが回り始めるのです。
第1章のまとめ
コンテンツの消費速度が早くなった理由を整理すると、次のようになります。
- サブスクで1作品あたりのコストが下がり、選択肢が爆発的に増えた
- SNSで「話題に乗り遅れたくない」という焦りが強まった
- 「タイパ」という時間効率の価値観が広がった
- 画面への集中が続く時間そのものが短くなった
- 作り手も、すぐに注意を引くようにコンテンツを設計するようになった
- 人間にはもともと、楽しさに「慣れて」しまう性質がある
どれかひとつが悪いのではなく、これらが組み合わさって、私たちは「早く、たくさん」消費する方向へ自然と流されているのです。
第2章 「早く消費する」と、実は楽しさが減っているかもしれない
ここまで読んで、「効率よくたくさん観られるなら、それでいいのでは?」と思った人もいるかもしれません。ところが、海外の研究を調べてみると、早く消費することが必ずしも「楽しさ」につながっていないことを示すデータがいくつも見つかります。
一気見したドラマは、記憶から早く消える
オーストラリア・メルボルン大学の研究チームは2017年、ドラマの「一気見(ビンジウォッチング)」が記憶と満足度にどう影響するかを調べる実験を行いました。
参加者を、ドラマを一度にまとめて観るグループ、1日1話ずつ観るグループ、週に1話ずつ観るグループに分けて比較したところ、一気見したグループは、観終わった直後こそ内容をよく覚えていたものの、その記憶は時間とともに急速に薄れていきました。一方、1日1話や週1話のペースで観たグループのほうが、記憶が長持ちしていたのです。さらに、一気見したグループは、ほかのグループに比べてドラマを楽しんだ度合いの評価も低かったと報告されています。
この研究は参加者が大学生中心であるなど規模に限りがあり、その後の研究では一気見のほうが物語への没入感が高まるといった結果も出ています。ですから「一気見は絶対にダメ」とまでは言えません。ただ、少なくとも「たくさん観れば、そのぶん心に残る」とは限らないことは、覚えておいてよさそうです。
CMで中断されたほうが番組は楽しい?
もうひとつ、意外な研究を紹介します。
アメリカの消費者心理学者リーフ・ネルソンとトム・メイヴィスらは2009年、テレビ番組の途中に入るCMが視聴体験にどう影響するかを調べました。多くの人は「CMなんてないほうがいい」と考えています。ところが6つの実験の結果、CMで中断された番組のほうが、中断なしで観た番組よりも楽しかったと評価されることがわかったのです。しかもこの効果は、CMの質に関係なく見られました。
理由は第1章で触れた「快楽順応」です。楽しい体験も、ずっと続けていると少しずつ楽しさが薄れていきます。途中で一度中断が入ると、その順応がリセットされ、再開したときに再び新鮮な楽しさを感じられるのです。
同じ研究者たちは、3分間のマッサージを受ける実験でも、途中に20秒の休憩を挟んだほうが満足度が高く、また受けたいと答える人が多かったことを報告しています。
つまり、楽しいことほど「途中で区切る」「間をあける」ほうが、トータルの楽しさは大きくなる可能性があるのです。倍速や一気見でノンストップに消費することは、効率がよいように見えて、実は楽しさを目減りさせているのかもしれません。
「選んだ時間」より「味わった時間」
タイパという考え方の弱点は、「時間あたりにどれだけの量をこなせたか」で考えてしまいがちなところにあります。
でも、エンターテインメントの本当の価値は、こなした量ではなく、心がどれだけ動いたかにあるはずです。10本の作品を倍速で流し観するよりも、1本の作品を心ゆくまで味わったほうが、満足度も記憶に残る度合いも大きくなることは十分にあり得ます。
本当の意味での「タイパ」を考えるなら、むしろ「好きなものを深く楽しむ」ことこそが、時間をいちばん有効に使う方法だといえるのではないでしょうか。
第3章 新しいものを追いかけすぎない?気に入ったコンテンツは長く楽しもう
では、どうすればいいのでしょうか。この記事で提案したいのは、とてもシンプルな考え方です。
新しいものを追いかけすぎず、気に入ったコンテンツを長く楽しむ。
「でも、同じものを何度も観たり聴いたりしたら飽きるでしょう?」と思うかもしれません。実はここに、多くの人が陥っている思い込みがあります。
「二度目はつまらない」は思い込みだった
アメリカ・シカゴ大学の心理学者エド・オブライエンは、2019年に発表した論文で、この思い込みに正面から挑みました。
彼は合計3,356人を対象とした7つの研究で、博物館の展示、映画、ビデオゲームなど、さまざまな体験を一度した人に、「もう一度同じ体験をしたらどのくらい楽しめると思うか」を予想してもらいました。そして実際にもう一度体験してもらい、その楽しさを比べたのです。
結果は明確でした。人は「二度目はつまらないだろう」と予想しがちなのに、実際にもう一度体験してみると、予想よりもずっと楽しめていたのです。博物館の研究では、二度目の訪問が予想以上に楽しかった理由として、一度目には気づかなかった新しい発見があったことが挙げられています。
オブライエンは、こうした繰り返しの体験がもたらす新しさを2種類に分けて説明しています。
- 作品の中にある新しさ 映画を観直したときに、見落としていた細かな描写や、伏線のつながりに気づく
- 自分自身についての新しさ 何度も同じ作品に触れることで、「自分は本当にこれが好きなんだ」「これは自分らしさの一部なんだ」と気づく
彼は、繰り返しの体験を玉ねぎの皮をむくことにたとえています。一枚むくごとに、それまで見えなかった層が現れてくる。気に入った作品は、何度も触れるほど深く味わえるようになるのです。
人は「新しいもの」の価値を高く見積もりすぎている
オブライエンの研究が示しているのは、私たちが新しいものの価値を過大評価し、すでに知っているものの価値を過小評価しているということです。
配信サービスのトップ画面に並ぶ新作は、どれも魅力的に見えます。でも、その中から選んだ作品が、かつて夢中になったあの作品をもう一度観るより楽しいとは限りません。むしろ、自分が「好きだ」と確信している作品のほうが、確実に、そしてより深く心を満たしてくれる可能性が高いのです。
同じ研究室の別の研究では、「終わり」を意識したときに、人は新しいものより慣れ親しんだお気に入りを選びやすくなることも示されています。卒業前に通い慣れた店へ行きたくなったり、旅行の最終日にお気に入りの場所をもう一度訪れたくなったりするのは、まさにその表れです。私たちは心のどこかで、慣れ親しんだものの温かさを知っているのでしょう。
「新作を追いかける」こと自体は悪くない
誤解のないように付け加えると、新しい作品に出会うことには大きな価値があります。新作を追いかけなければ、新しい「好き」には出会えません。
大切なのはバランスです。新しいものを10本流し観するより、新しいものを3本観て、そのうち心に残った1本を何度も味わう。そんな付き合い方ができれば、コンテンツとの関係はぐっと豊かになるはずです。
第4章 ジャンル別 気に入ったコンテンツを長く楽しむ具体的な方法
ここからは、気に入ったコンテンツを長く楽しむための具体的な方法を、ジャンル別に紹介していきます。どれも今日から試せるものばかりです。
ゲーム編 攻略サイトを見ずに、自分の力で進めてみる
攻略サイトを封印する
ゲームを長く楽しむいちばんの方法は、攻略サイトや攻略動画を見ないことです。
今では、どんなゲームでも発売直後から攻略情報がネット上にあふれています。わからないことがあればすぐに調べられ、最短ルートでクリアすることもできます。でも、それでは「謎を解く喜び」「自力で強敵を倒した達成感」「隠された要素を偶然見つけた驚き」といった、ゲーム本来のおいしい部分を自分から手放していることになります。
心理学者のジョージ・ローウェンスタインは、好奇心は「知っていること」と「知りたいこと」の間にあるすき間(情報ギャップ)から生まれると説明しています。わからないことがあるからこそ、人は知りたいと感じ、夢中になれるのです。攻略サイトを見てしまうことは、このすき間を一瞬で埋めてしまうことでもあります。
また、行動経済学には「IKEA効果」と呼ばれる現象があります。家具を自分で組み立てると、完成品を買ったときより愛着が湧き、高く評価するようになる、というものです。ゲームでも、自分で悩み、試行錯誤してたどり着いたクリアには、攻略情報をなぞったクリアとは比べものにならない愛着が生まれます。
どうしても詰まったときのルールを決めておく
とはいえ、何時間も同じ場所で詰まってしまうと、楽しさより苦痛が勝ってしまいます。そんなときのために、自分なりのルールを決めておくのがおすすめです。
- 30分考えてもわからなければ、ヒントだけを調べる(答えそのものは見ない)
- 一晩寝かせてから、もう一度挑戦する
- 家族や友人に聞いてみる
特に「一晩寝かせる」のは効果的です。第2章で紹介した「中断が楽しさをリセットする」効果も働き、翌日にあっさり解けることも珍しくありません。
自分だけの攻略ノートをつける
攻略サイトの代わりに、自分だけの攻略ノートをつけてみるのも楽しい方法です。マップを手書きで描いたり、謎解きのヒントをメモしたり、印象に残ったセリフを書き留めたり。
昔のゲーマーの多くが方眼紙にダンジョンの地図を描いていたように、手を動かして記録することで、ゲームの世界がぐっと身近になります。クリア後に見返すと、そのときの冒険の記憶がありありとよみがえるはずです。手帳やノートを使うのが好きな人なら、ゲーム専用のページを作ってみるのもいいですね。
クリア後も遊び尽くす
一度クリアしたゲームも、まだまだ楽しめます。
- 難易度を上げて、もう一周してみる
- 使ったことのないキャラクターや武器、戦い方で遊んでみる
- 「レベルを上げすぎない」「回復アイテムを使わない」など、自分なりの縛りを設けてみる
- 取り逃したやり込み要素や、サイドストーリーを回収してみる
オブライエンの研究でも、ビデオゲームは繰り返し遊んでも予想以上に楽しめる体験のひとつとして取り上げられていました。二周目では、一周目には気づかなかった伏線や、キャラクターの細かな表情に気づけるはずです。
音楽編 CDを買って、ブックレット(歌詞カード)を読んでみる
「聴き流す」から「聴き込む」へ
サブスクで音楽を聴くとき、多くの人はプレイリストやおすすめ機能に任せて、BGMのように聴き流しているのではないでしょうか。それ自体は気軽で便利な楽しみ方です。でも、本当に好きなアーティストができたら、ぜひCDを買ってブックレット(歌詞カード)を読みながら聴いてみることをおすすめします。
ブックレットには「音」以外の情報が詰まっている
CDのブックレットには、配信では見落としがちな情報がたくさん詰まっています。
- 歌詞 耳で聴いているだけでは気づかなかった言葉選びや、漢字の使い方、表記の工夫に気づける
- クレジット 作詞・作曲・編曲者、演奏しているミュージシャン、レコーディングしたスタジオなど、作品に関わった人たちの名前がわかる
- アートワーク ジャケットや写真、デザインに込められた世界観を味わえる
- ライナーノーツや制作者のコメント 作品が生まれた背景や、込められた思いを知ることができる
例えば、歌詞カードを読んでいて「ここはこう書いて、こう読ませるのか」と気づいた瞬間、その曲はただのBGMから、作り手の意図が詰まった作品へと変わります。クレジットに知っている名前を見つけて、そこから別のアーティストや作品へと興味が広がっていくこともあります。
アルバムを「曲順どおりに」通して聴く
もうひとつおすすめしたいのが、アルバムを1曲目から最後まで、曲順どおりに通して聴くことです。
アーティストは、アルバム全体の流れを考えて曲順を決めています。シャッフル再生やプレイリストでは味わえない、静かな曲から盛り上がる曲への流れ、曲と曲のつながり、最後の曲を聴き終えたときの余韻。こうしたものは、アルバムを一枚の作品として聴いて初めて味わえるものです。
第1章で、近年のヒット曲はイントロが短くなっていると紹介しました。でもアルバムを通して聴いていると、長いイントロや、歌のないインストゥルメンタル曲の美しさに改めて気づくこともあるでしょう。
「ながら聴き」ではなく「ただ聴く」時間をつくる
たまには、何かをしながらではなく、音楽を聴くことだけに集中する時間をつくってみてください。部屋を少し暗くして、良いヘッドホンやスピーカーで、目を閉じて聴いてみる。それだけで、いつもの曲から、今まで聞こえていなかったベースラインやコーラス、細かな音の重なりが聞こえてくるはずです。
アニメ編 原作も手に取ってみる
原作で「もうひとつの物語」に出会う
アニメで気に入った作品があったら、ぜひ原作の漫画や小説、ライトノベルも手に取ってみてください。
アニメ化にあたっては、放送枠や尺の都合で、原作のエピソードが省略されたり、順番が入れ替えられたりすることがよくあります。原作を読むと、アニメでは描ききれなかったキャラクターの心の声や、細かなエピソード、作者が描いたオリジナルの表現に出会えます。
逆に、原作を読んでからアニメを観直すと、「このシーンをこんなふうに映像にしたのか」「この演出はアニメならではだな」と、アニメのスタッフの工夫に気づけるようになります。ひとつの作品を、ふたつの角度から楽しめるのです。
「週1話」のペースで観てみる
配信サービスでアニメを観ていると、ついつい次のエピソードを自動再生で観続けてしまいます。でも、第2章で紹介した研究を思い出してください。一気見よりも、間をあけて観たほうが記憶に残り、楽しさも増す可能性があるのでした。
あえて放送当時と同じように、週に1話ずつ観るペースを試してみるのもおすすめです。次の話を待つ1週間のあいだに、続きを想像したり、気になったシーンを思い返したりする時間が生まれます。この「待つ時間」も、作品を楽しむ大切な一部なのです。
作品の「周辺」にも触れてみる
作品をさらに深く味わいたいなら、作品の周辺にも目を向けてみましょう。
- 主題歌やサウンドトラックをじっくり聴く
- 設定資料集やアートブック、スタッフのインタビューを読む
- 作品の舞台になった場所を訪れる(いわゆる聖地巡礼)
- 二周目は、作画や演出、背景美術に注目して観てみる
ひとつの作品から、音楽、絵、場所、作り手の思いへと楽しみが広がっていけば、その作品はあなたの中で何年も色あせない特別なものになるはずです。
ドラマ・映画編 等倍速で観て、もう一度観直す
たまには「等倍速」で観てみる
倍速視聴に慣れている人は、たまにでいいので等倍速で観ることを試してみてください。
映画やドラマの作り手は、セリフの「間」や沈黙、役者の表情、音楽が流れるタイミングまで、すべてを計算して作品をつくっています。倍速で観ると、ストーリーはわかっても、こうした細やかな表現は削ぎ落とされてしまいます。会話のないシーンや、ただ風景が映っているだけのシーンにこそ、作品の空気感や登場人物の感情が込められていることも多いのです。
二度目の鑑賞で「伏線」を味わう
好きな映画やドラマは、ぜひもう一度観直してみてください。オブライエンの研究でも、映画は二度目に観ても予想以上に楽しめる体験として挙げられていました。
一度目は、物語の結末を知りたくて先へ先へと気持ちが急いでしまいます。でも二度目は、結末を知っているからこそ、序盤に散りばめられた伏線や、登場人物の何気ないセリフの本当の意味に気づけます。「最初からこういうことだったのか」とわかる瞬間は、二度目の鑑賞ならではの大きな楽しみです。
本・漫画編 再読と感想メモのすすめ
お気に入りの一冊を読み返す
本や漫画も、お気に入りの一冊は何度も読み返してみましょう。学生時代に読んだ本を大人になってから読み返すと、まったく違う感想を抱くことがあります。これはオブライエンの言う「自分自身についての新しさ」そのものです。作品は同じでも、読む自分が変わっているからこそ、新しい発見が生まれます。
感想を書き残しておく
読み終えたら、ひとことでもいいので感想を書き残しておくのがおすすめです。好きだったセリフ、心に残ったシーン、読みながら考えたこと。後で読み返したとき、当時の自分の感想と今の自分の感想を比べるのも、再読ならではの楽しみになります。
第5章 どんなジャンルにも使える「味わい上手」になる習慣
第4章ではジャンル別の方法を紹介しました。ここでは、どんなコンテンツにも応用できる、楽しみを長持ちさせるための習慣を紹介します。
「セイバリング(味わう力)」という考え方
アメリカの心理学者フレッド・ブライアントとジョセフ・ヴェロフは、楽しい体験をじっくり味わい、その喜びを深めたり長持ちさせたりする心の働きを「セイバリング(savoring)」と名づけて研究しました。日本語にすると「味わうこと」です。
ブライアントによれば、私たちは3つの時間軸で楽しみを味わうことができます。
- 期待(これから) 楽しみな予定を思い浮かべてワクワクする
- 今この瞬間 目の前の体験に意識を集中して味わう
- 回想(これまで) 過去の楽しかった体験を思い返す
ここで大切なのは、楽しみは「体験しているその瞬間」だけのものではないということです。新作を次々と消費していると、「今この瞬間」の楽しみばかりで、「期待」や「回想」の楽しみが抜け落ちてしまいがちです。ひとつの作品とじっくり付き合えば、この3つの時間軸すべてで楽しめるようになります。
ブライアントたちは、楽しみを深める具体的な方法として、他人と喜びを分かち合う、記憶に残るよう意識する、感覚を研ぎ澄ます、体験に没頭する、といった10種類の方法を挙げています。ここからは、その考え方を参考に、コンテンツを楽しむための習慣に落とし込んでみましょう。
習慣1 「楽しみに待つ時間」をあえてつくる
好きなアーティストの新譜や、待ち望んでいたゲームの発売日。こうした「待つ時間」は、それ自体が楽しみの一部です。
配信サービスに全話そろっている作品でも、「この連休に観る」「金曜の夜に1話ずつ観る」と決めておくと、その日までのワクワクも楽しめます。手帳やカレンダーに「〇〇を観る日」と書き込んでおくのも、楽しみを先取りするいい方法です。
習慣2 「ひとつのことだけ」に集中する
スマホを片手に動画を観る、SNSを見ながら音楽を聴く。こうした「ながら消費」をしていると、どちらにも十分な注意を向けられません。
好きな作品を観るとき、聴くとき、遊ぶときは、スマホを別の部屋に置く、通知をオフにするなど、その作品だけに集中できる環境をつくってみてください。第1章で紹介したグロリア・マーク教授も、意志の力に頼るのではなく、環境を整えることで注意をコントロールすることをすすめています。
習慣3 感想を「書く」「話す」
観終わった後、聴き終わった後に、感想を書き残したり、誰かと話したりすることは、楽しみを深めるとても効果的な方法です。
感想を言葉にしようとすると、「どこが良かったのか」「なぜ心を動かされたのか」を考えることになります。その過程で、作品の魅力をもう一度味わい直すことができます。また、書き残した感想は、後で読み返したときに「回想」の楽しみを与えてくれます。
SNSに投稿するのもひとつの方法ですが、反応を気にせず自由に書ける自分だけの感想ノートをつくるのもおすすめです。作品名、観た日、心に残ったシーンやセリフ、そのときの気持ちを、手帳やノートに記録してみてください。1年後に見返せば、それは自分だけの「好きなもの図鑑」になっているはずです。
習慣4 あえて「お休み期間」をつくる
カナダの心理学者エリザベス・ダンらの研究チームは2013年、大好きなものを一時的にあえて我慢すると、再び味わったときの喜びが大きくなることを示しました。実験では、チョコレートを1週間控えた人は、その後にチョコレートを食べたとき、より深く味わい、楽しめていたと報告されています。
これは第2章で紹介した「中断が楽しさをリセットする」効果とも通じています。どんなに好きな作品でも、毎日のように触れ続けていると、少しずつ慣れて新鮮さが失われていきます。少し距離を置き、しばらくしてから再び触れると、また新鮮な気持ちで楽しめるのです。
「好きだからこそ、少し寝かせておく」。これは、好きなものと長く付き合うための大切な知恵です。
習慣5 いつもと違う楽しみ方を試してみる
オブライエンらの別の研究では、ポップコーンをお箸で食べるなど、いつもと違う食べ方を試すだけで、食べ物をより楽しめることが示されています。慣れ親しんだものでも、楽しみ方を少し変えるだけで、「初めての体験」のような新鮮さを取り戻せるのです。
コンテンツでも同じことができます。
- いつもイヤホンで聴いている曲を、スピーカーで鳴らしてみる
- 観慣れた映画を、字幕版から吹替版に(またはその逆に)変えて観てみる
- ゲームを、いつもと違うプレイスタイルで遊んでみる
- 好きな作品を、それを知らない友人や家族と一緒に観てみる
特に最後の「誰かと一緒に楽しむ」は効果的です。相手の反応を通して、自分が見落としていた作品の魅力に気づくことができます。
第6章 タイパを敵にしない 「使い分け」という考え方
ここまで、コンテンツをじっくり味わうことの大切さをお伝えしてきました。でも、タイパという考え方を全否定するつもりはありません。
忙しい毎日の中で、すべての作品にじっくり向き合うのは現実的ではないでしょう。話題の作品をざっと把握しておきたいとき、自分に合うかどうかを確かめたいとき、情報収集が目的のときには、倍速視聴や要約もうまく使えばいいのです。
大切なのは、「効率よく触れるもの」と「じっくり味わうもの」を自分で選んで使い分けることです。
例えば、こんなイメージです。
- 新しいものとの出会いは、ある程度効率よく、幅広く触れてみる
- 「これは好きかも」と感じたものは、等倍速でしっかり観る、聴く、遊ぶ
- 心から好きになったものは、原作やCD、関連作品にまで手を広げて、何度も繰り返し味わう
すべてを同じ速度で消費するのではなく、自分にとっての「好き」の度合いに合わせて、付き合い方の速度を変えていく。そうすれば、新しい出会いの楽しさと、深く味わう楽しさの両方を手に入れることができます。
まとめ 「たくさん」より「深く」。好きなものと長く付き合おう
最後に、この記事の内容を振り返ってみましょう。
第1章では、コンテンツの消費速度が早くなった理由を見てきました。サブスクによる選択肢の爆発、SNSによる「乗り遅れたくない」焦り、タイパという価値観の広がり、画面への集中時間の短縮、作り手側の変化、そして人間がもともと持っている「慣れ」の性質。これらが重なり合って、私たちは自然と「早く、たくさん」消費する方向へ流されているのでした。
第2章では、早く消費することが、必ずしも楽しさにつながっていない可能性を見てきました。一気見したドラマは記憶から早く消えやすく、楽しい体験も途中で区切ったほうが楽しさが増すことがある。効率よくこなすことと、心から楽しむことは、別のものなのです。
第3章では、「同じものを繰り返したらつまらない」という思い込みを見直しました。研究によれば、人は繰り返しの体験の楽しさを過小評価しています。好きな作品は、何度触れても新しい発見をもたらしてくれるのです。
第4章では、ゲーム、音楽、アニメ、ドラマ・映画、本・漫画のジャンル別に、具体的な楽しみ方を紹介しました。攻略サイトを見ずに自分の力で進める。CDを買ってブックレットを読みながら聴く。アニメの原作を手に取る。等倍速で観て、もう一度観直す。どれも、作品とじっくり向き合うための方法です。
第5章では、どんなジャンルにも使える「味わい上手」の習慣を紹介しました。楽しみに待つ時間をつくる、ひとつのことに集中する、感想を書く、あえてお休み期間をつくる、いつもと違う楽しみ方を試す。どれも今日から始められることばかりです。
そして第6章では、タイパを敵視するのではなく、「効率よく触れるもの」と「じっくり味わうもの」を使い分けるという考え方をお伝えしました。
エンターテインメントがあふれる今の時代は、見方を変えれば、一生かけても味わい尽くせないほどの「好き」に出会えるチャンスに満ちた時代でもあります。だからこそ、次々と新しいものを追いかけるだけでなく、出会った「好き」を大切に、長く楽しむことに目を向けてみてはいかがでしょうか。
今夜は、新作のリストを眺める代わりに、昔夢中になったあの作品を、もう一度ゆっくり味わってみてください。きっと、あの頃には気づかなかった新しい魅力が、あなたを待っているはずです。
参考文献・参照元
海外の研究・文献
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国内の資料
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- 稲田豊史(2022)『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』光文社新書

