はじめに 食事中、ふとお皿のヒビに気づいたことはありませんか?
いつものようにご飯を食べていて、ふとお皿に目を落とした瞬間。「あれ?こんなところに線なんてあったっけ?」と、細いヒビに気づいたことはないでしょうか。
旅先の窯元で一目ぼれして買ったお皿。結婚祝いにいただいた夫婦茶碗。家族の誰かが大切にしてきた古い鉢。そういう「思い出のある器」ほど、ヒビを見つけたときのショックは大きいものです。
しかも、落としたりぶつけたりした覚えがまったくない。それなのにヒビが入っている。こういうケースは実はとても多いのです。
その「覚えのないヒビ」の犯人として、意外と見落とされがちなのが、毎日なにげなく使っている電子レンジや食器乾燥機(食器洗い乾燥機の乾燥工程も含む)です。
「陶器なんだから熱には強いでしょ?」と思っている方も多いはず。たしかに焼き物は、窯の中で1000℃以上の高温をくぐり抜けて生まれてきます。でも、「高い温度に耐えられること」と「急な温度変化や水分の出入りに耐えられること」は、まったく別の話なのです。
この記事では、
- 陶器でも電子レンジや食器乾燥機が使えないものがあるのはなぜか
- 「対応」と書かれた器でも、使い続けるうちにダメージが溜まっていくのか
- 海外の研究論文や専門家の資料からわかる、ちょっと意外な器の話
- ヒビに気づいたときの対処法と、器を長持ちさせる毎日の習慣
を、専門用語をできるだけ使わずに、じっくり解説していきます。少し長い記事になりますが、読み終わるころには、食器棚の器を見る目がきっと変わっているはずです。
第1章 そもそも「陶器」と「磁器」は何が違うの?
ヒビの話に入る前に、まずは器の「素材の違い」を押さえておきましょう。ここを知っておくと、この後の話がぐっとわかりやすくなります。
「土もの」と「石もの」
日本では焼き物をざっくり分けるとき、よく次のように呼び分けます。
- 陶器(とうき) いわゆる「土もの」。粘土を主な原料にして、比較的低めの温度で焼いたもの。益子焼、笠間焼、萩焼、唐津焼など、ぽってりとした温かみのある器が代表的です。
- 磁器(じき) いわゆる「石もの」。陶石という石を砕いた原料を多く使い、高い温度で焼き締めたもの。有田焼(伊万里焼)、九谷焼、白くて薄いディナー皿などが代表的です。
- 炻器(せっき) 陶器と磁器の中間のような性質を持つ焼き物。備前焼や常滑焼の一部などがこれにあたり、海外では「ストーンウェア」と呼ばれて日常食器として広く使われています。
いちばん大きな違いは「水を吸うかどうか」
見た目や手触りの違いももちろんありますが、ヒビの話でいちばん大切なのは吸水性(どれくらい水を吸うか)です。
磁器は高温でしっかり焼き締められているので、素地(きじ=器の本体部分)の中にすき間がほとんどありません。ガラスに近い状態になっているため、水をほとんど吸いません。
一方、陶器は比較的低い温度で焼かれるため、素地の中に目に見えないほど小さなすき間(気孔)がたくさん残っています。表面を釉薬(ゆうやく=器の表面のガラス質のコーティング)で覆っていても、高台(こうだい=器の底の輪になった部分)など釉薬がかかっていない部分や、釉薬の細かなすき間から、少しずつ水がしみ込んでいきます。
海外の陶磁器の専門資料では、低温で焼かれた陶器(アーセンウェア)の素地には10%以上の気孔が含まれることもあると紹介されています。つまり、陶器は「見た目は固い器だけど、中身はスポンジのような一面も持っている」素材なのです。
この「水を吸う」という性質が、電子レンジや食器乾燥機との相性を考えるうえで、とても大きなカギになります。
釉薬と素地は「別々の性格」を持っている
もうひとつ覚えておきたいのが、器は「素地」と「釉薬」という、性質の違う2つの層でできているということです。
素地は焼き物、釉薬はガラス。どちらも温めると膨らみ、冷やすと縮みますが、その膨らみ方・縮み方の度合いが少しずつ違います。窯の中で焼き上げて冷ましていく過程で、2つの層はお互いを引っ張ったり押したりしながら、ちょうどよいバランスで落ち着いています。
このバランスが崩れたときに起こるのが、釉薬の表面に細かいヒビが入る「貫入(かんにゅう)」です。英語では「クレイジング(crazing)」と呼ばれます。貫入については、この後の章で何度も登場するので、名前だけ覚えておいてください。
第2章 陶器でも電子レンジや食器乾燥機が使えないものがあるの?
結論から言うと、あります。しかも、思っているより身近なところにたくさんあります。
「陶器=レンジOK」「陶器=乾燥機OK」と一括りにできないのは、器によって素材・焼き方・装飾がまったく違うからです。ここでは、電子レンジや食器乾燥機に向かない陶器の代表例を、理由と一緒に見ていきましょう。
そもそも電子レンジは「何を」温めているのか
まず、電子レンジの仕組みをかんたんにおさらいしておきます。
電子レンジは、マイクロ波という電波を食品に当てて、食品の中に含まれる水の分子を揺さぶって熱を生み出す調理器具です。だから、水分を含むものほど温まりやすく、乾いたガラスや磁器のように水分をほとんど含まないものは、それ自体はあまり温まりません。
レンジから出したお皿が熱くなっているのは、多くの場合、温まった料理から熱が伝わっているためです。
ここで思い出してほしいのが、第1章の「陶器は水を吸う」という話です。もし器の素地そのものに水がしみ込んでいたら、どうなるでしょうか。そう、器そのものが電子レンジで温められてしまうのです。
NGその1 金彩・銀彩など金属の装飾がある器
これは陶器・磁器を問わず、いちばん有名なNGパターンです。お皿のふちに金色や銀色のラインが入っているもの、金で模様が描かれているものは、電子レンジに入れてはいけません。
金属はマイクロ波をはね返す性質があるため、装飾部分で火花(スパーク)が飛ぶことがあります。器の装飾が黒く焦げたり剥がれたりするだけでなく、電子レンジ本体を傷めたり、最悪の場合は発火の原因になったりします。
注意したいのは、「金色に見えない金属」もあるということです。ラスター彩と呼ばれる虹色に光る釉薬や、鉄分・金属成分を多く含む一部の釉薬も、メーカーが電子レンジ使用を控えるよう案内していることがあります。
NGその2 吸水性の高い陶器(特に長く水に浸かった器)
この記事でいちばん伝えたいのが、このパターンです。
海外の陶芸の専門家向けデータベース「Digitalfire」では、次のような現象が解説されています。
- 陶器の素地は気孔が多く、釉薬のかかっていない高台や、釉薬の貫入から水が入り込む
- 長く水に触れていた器は、素地の中まで水でいっぱいになることがある
- しかも表面の釉薬がフタのような役割をするため、中の水はなかなか抜けない
- その状態で電子レンジにかけると、素地の中の水が温められて水蒸気になり、器そのものが異常に熱くなる
- 水蒸気の圧力で、器が割れてしまうことすらある
同じ資料によると、工業的には気孔率1%程度が「電子レンジで安全に使えるかどうか」の目安とされているそうです。先ほど「陶器の素地には10%以上の気孔を持つものもある」とお伝えしましたが、その差は歴然ですよね。
つまり、同じ陶器のお皿でも、
- 洗ってすぐ、まだ湿っている状態
- シンクの洗い桶に長時間つけ置きしていた状態
などでは、器の中に水をたっぷり抱え込んでいることがあります。そんな器を電子レンジに入れると、器だけがやけどするほど熱くなったり、見えない場所にヒビが入ったりするのです。
NGその3 貫入が入った器
貫入とは、釉薬の表面に入った細かいヒビ模様のことです。日本の焼き物では、貫入をあえて「景色」として楽しむ文化があります。たとえば萩焼は、使い込むうちに貫入からお茶がしみ込んで色合いが変わっていく「萩の七化け」が魅力とされています。
とても風情のある話なのですが、電子レンジや食器乾燥機との相性という点では、貫入は水の通り道になります。海外の和食器専門店の解説でも、電子レンジにかける前には貫入やヒビがないか確認するよう呼びかけられており、その理由として、そこから水分が入り込んで加熱時のダメージにつながることが挙げられています。
貫入のある器は、「意図的なデザイン」であっても「使っているうちに入ったもの」であっても、レンジや乾燥機の熱には慎重になったほうが安心です。
NGその4 楽焼・低温焼成の器、手作りの作家もの
楽焼(らくやき)のように、低い温度で素早く焼き上げる焼き物は、とても吸水性が高く、急な温度変化にも弱い傾向があります。海外の電子レンジ関連の解説サイトでも、楽焼は多孔質で熱衝撃を受けやすいため、電子レンジには向かないと紹介されています。
また、陶芸家さんが一点ずつ手作りした器や、古い器は、そもそも電子レンジや食器乾燥機での使用を前提に試験されていないことがほとんどです。作家さんによっては「レンジ・食洗機はお控えください」と添え書きをしている場合もあるので、購入時の説明書きは大切に取っておきましょう。
NGその5 金継ぎなどで修理した器
割れたり欠けたりした器を、漆と金粉で直す「金継ぎ」。最近は趣味として楽しむ方も増えています。
でも、金継ぎした器は電子レンジも食器乾燥機も基本的にNGです。金粉は金属なのでレンジでスパークしますし、接着に使われている漆は高温や長時間の熱、乾燥機の温風に弱く、傷みやすいからです。簡易的な「合成接着剤+金色の塗料」で直したものも同様に避けましょう。
食器乾燥機が陶器にとって過酷な理由
「電子レンジは分かったけど、食器乾燥機はただ乾かすだけでしょ?」と思うかもしれません。
でも、陶器目線で食器乾燥機(や食洗機の乾燥工程)を見てみると、なかなか過酷な環境です。
- 洗ったばかりで水を吸った状態の器に、高温の温風を当てる
- 狭い庫内で、器の場所によって温まり方にムラが出る
- 乾燥が終わると扉を開けて、一気に室温まで冷やされる
特に1番目が問題です。水をたっぷり吸った陶器を温めると、素地の中の水分が膨らんだり、蒸発しようとしたりして、内側から力がかかります。さらに温風が当たる面と当たらない面で温度差が生まれ、器の中で「膨らもうとする部分」と「そうでない部分」が引っ張り合いをします。
食洗機を使う場合は、これに「高温の水流」と「アルカリ性の強い専用洗剤」が加わります。この洗剤の話は第4章でくわしく紹介します。
自宅でできる「電子レンジ対応かどうか」の見分け方
まず確認したいのは、器の裏や箱、説明書にある表示です。「電子レンジ可」「食洗機・乾燥機可」といったマークや記載があれば、メーカーがその使い方を想定して作っているということになります。
表示がない器については、海外の専門資料で紹介されている、かんたんなチェック方法があります。
- 電子レンジ対応が分かっている耐熱のコップに水を入れる
- チェックしたい器(完全に乾いたもの)と一緒に電子レンジに入れる
- 30秒〜1分ほど加熱する
- 取り出して、器を触ってみる
コップの水だけが温まって、器がほとんど温かくなっていなければ、その器は水分や金属成分をあまり含んでいないと考えられます。逆に、器そのものが熱くなっていたら、電子レンジでの使用は避けたほうがよいサインです。
ただし、金彩・銀彩のある器や、ヒビ・貫入のある器、大切な一点ものは、このテスト自体をしないでください。テストで器を傷めてしまっては元も子もありません。熱くなった器に触れるときも、やけどに十分注意しましょう。
第3章 「対応」の器でも、ダメージは少しずつ蓄積していく?
さて、ここからが本題の後半です。
「うちのお皿はちゃんと電子レンジ・食洗機対応って書いてあるから大丈夫」
たしかに、表示のある器は、通常の使い方で問題が起きないように設計・試験されています。でも、海外のテーブルウェアメーカーの解説では、「電子レンジ対応」はふつうに使ったときに問題が起きないという意味であって、急激な温度変化からの保証ではない、と説明されています。
そして、材料工学の研究を見ていくと、「一度では壊れないくらいの小さなダメージ」が、繰り返しによって少しずつ積み重なっていくことがわかってきます。
犯人の正体は「熱衝撃(ねつしょうげき)」
焼き物がヒビ割れる最大の原因としてよく挙げられるのが、熱衝撃です。英語では「サーマルショック(thermal shock)」と呼ばれます。
焼き物は、温まると膨らみ、冷えると縮みます。器全体が同じペースでゆっくり温まったり冷えたりするなら問題はありません。でも、急に温度が変わると、器の中で「すでに熱くなった部分」と「まだ冷たい部分」が生まれます。
熱くなった部分は膨らもうとし、冷たい部分はそのままでいようとする。この「引っ張り合い」が器の中に大きな力(応力)を生み、耐えきれなくなったところでヒビが入るのです。
身近な例で言うと、こんな場面です。
- 冷蔵庫で冷やしていた残り物を、お皿ごと電子レンジで温める
- 電子レンジで熱々になった器を、冷たいステンレスの天板や濡れたふきんの上に置く
- 食器乾燥機で温まった器に、冷たいサラダやアイスを盛りつける
- 熱いお湯をかけたあと、すぐに冷水ですすぐ
海外のメーカーの解説では、電子レンジで器がダメージを受けるのは、温めるときよりも、急に冷やされるときのほうが多いとも指摘されています。レンジから出した後の置き場所や、洗うタイミングにも気を配りたいところですね。
一度ではなく「何度も」で壊れる 熱疲労という考え方
では、1回の熱衝撃では壊れなかった器は、ずっと大丈夫なのでしょうか。
ここで参考になるのが、セラミックス(焼き物をはじめとする無機材料)の熱疲労(ねつひろう)に関する研究です。
材料科学の専門事典(Springer社の「熱応力百科事典」)では、熱疲労を「熱衝撃が繰り返されることによって、材料が機械的に劣化していくこと」と説明しています。そして、金属の疲労とは違い、セラミックスの疲労はもともと材料の中にある小さな欠陥が、少しずつ成長していくことで起こるとされています。
その「小さな欠陥」とは、
- 製造時にできた、目に見えない小さな気孔(すき間)
- 原料に混じっていた異物
- 表面についた細かな傷(スポンジやカトラリーでついたものも含む)
といったものです。
つまり、どんなにきれいに見える器でも、中にはごく小さな「ヒビの芽」が潜んでいます。熱衝撃が加わるたびに、その芽がほんのわずかずつ伸びていく。そして、ある日ついに限界を超えて、目に見えるヒビや割れになる。これが「ぶつけた覚えがないのにヒビが入った」ことの、ひとつの説明になるのです。
論文が示す「繰り返しの怖さ」
もう少し具体的な研究も紹介しましょう。
アメリカのカリフォルニア大学バークレー校のリッチー(R.O. Ritchie)教授らが1991年に日本セラミックス協会の学術誌で発表した論文では、セラミックス材料が繰り返しの力を受けたときの劣化について整理しています。それによると、多くのセラミックスでは、1億回の繰り返しに耐えられる力の上限が、1回で壊れる強さのおよそ50%にまで下がることがあるそうです。さらに、常温では、繰り返しの力によってヒビの伸びる速さが大きく加速し、寿命が短くなると報告されています。
また、2001年にアメリカセラミックス学会誌に掲載された、耐火セラミックスの熱衝撃に関する研究では、最初の1回目の熱衝撃で器のふち(エッジ)にヒビが生まれ、その後の熱衝撃のたびにそのヒビが少しずつ伸びて、最終的に一気に壊れるという流れが観察されています。
これらは工業用の特殊なセラミックスを使った研究なので、家庭の食器にそのまま数字を当てはめることはできません。でも、
- 1回目では何も起きていないように見えても、目に見えないところでダメージが始まっていることがある
- 繰り返しによって、器は「新品のときより弱い状態」に少しずつ近づいていく
という考え方は、毎日の器の扱い方を見直すうえで、とても参考になります。
お皿のヒビがふち(口縁)から入っていることが多いのも、この研究結果とよく合っています。ふちは薄くて温度が変わりやすく、ぶつけやすい場所でもあるからです。
時間差でやってくる「遅れ貫入」
もうひとつ、ダメージの蓄積を語るうえで欠かせないのが、遅れて出てくる貫入です。英語では「ディレイド・クレイジング(delayed crazing)」と呼ばれ、海外の陶芸家や研究者のあいだでは古くから知られている現象です。
窯から出したときはつるつるだった器が、数週間後、数か月後、ときには何年もたってから、突然ピキッと貫入を起こすことがあります。
原因は、第1章で出てきた「水を吸う素地」です。
- 素地(焼き物部分)は、空気中の湿気や洗い物の水を少しずつ吸って、ほんのわずかに膨らんでいく
- 一方、釉薬(ガラス部分)は水を吸わないので、大きさが変わらない
- 素地だけが膨らむと、表面の釉薬がだんだん引っ張られる
- 引っ張る力が限界を超えたところで、釉薬に細かいヒビ(貫入)が入る
英語版ウィキペディアの「釉薬の欠陥」の項目でも、多孔質の素地が水分を吸ってわずかに膨らむことが、時間がたってから起こる貫入のよくある原因として紹介されています。
ここに、電子レンジや食器乾燥機による「温める・冷やす」の繰り返しが加わると、釉薬と素地の間の引っ張り合いはさらに強くなります。海外のテーブルウェアメーカーも、電子レンジや食洗機を繰り返し使うことで、高温と水圧によって釉薬に少しずつ負担がかかり、特に対応表示のない器では貫入の原因になりうると注意を呼びかけています。
そして、いったん貫入が入ると、そこが水の通り道になり、素地はさらに水を吸いやすくなります。
水を吸う → 膨らむ → 貫入が入る → さらに水を吸う → レンジや乾燥機で内側から温められる → ヒビが広がる
こうした「負のループ」が、ある日の「覚えのないヒビ」につながっていくのです。
第4章 海外の論文や文献からわかる、ちょっと意外な器の話
ここでは、日本語の記事ではあまり見かけない、海外の研究や文献から見えてくる「へぇ」と思える話をいくつか紹介します。
意外な事実1 焼き物は何百年たっても水を吸い続けている
「焼き物は一度焼いてしまえば、もう変化しない」と思っていませんか?
実は、焼き物は窯から出た瞬間から、空気中の水分とゆっくり結びつき続けています。これは「再水酸化(さいすいさんか、rehydroxylation)」と呼ばれる現象です。
イギリスの研究者たちは、この現象を利用して「焼き物がいつ焼かれたのか」を調べる年代測定法まで考え出しました。英語版ウィキペディアの解説によると、焼き物が水分を取り込んで重さが増えていくペースは、時間の4分の1乗に比例するという法則に従うそうです。
たとえば、焼いてから1年で重さが0.1%増えた焼き物は、
- 16年後に0.2%
- 81年後に0.3%
- 256年後に0.4%
というように、とてもゆっくりですが、何百年にもわたって水分を取り込み続けていくのだとか。
さらに興味深いのは、同じ解説の中で、この水分による膨張が釉薬の貫入の原因になることが、1950年代にはすでに確認されていたと紹介されている点です。
つまり、先ほどの「遅れ貫入」は、陶芸の世界では70年以上前から知られていた現象なのです。おばあちゃんから受け継いだ古い器に細かい貫入が入っていることが多いのも、何十年という時間をかけて素地が水分を取り込み続けてきた「歴史の証」なのかもしれません。
意外な事実2 実は「土もの」のほうが熱の急変に強いこともある
ここまで読むと、「やっぱり陶器は弱くて、磁器は強い」と思いたくなりますよね。でも、話はそう単純ではありません。
先ほどの海外の陶芸データベース「Digitalfire」では、こんな実験が紹介されています。
- 低温で焼いたテラコッタ(素焼きに近い陶器)のカップに直接炎を当てたところ、真っ赤になるまで30秒ほど耐えてから割れた
- 一方、磁器のマグカップは、同じ条件で15秒ほどで割れた
磁器のほうが緻密で丈夫なのは確かですが、急な温度変化に対しては、すき間の多い陶器のほうがよく耐えたというのです。
なぜでしょうか。陶器の素地の中にある無数の小さなすき間が、ヒビが一直線に走り抜けるのを邪魔したり、膨らみ・縮みの力を逃がしたりする「クッション」のような役割をしていると考えられています。土鍋のような直火にかける器が、陶器(土もの)で作られているのも納得ですね。
ここから言えるのは、陶器には、
- 急な温度変化には意外と強いという長所がある一方で
- 水を吸いやすいという弱点を持っている
ということです。陶器のヒビの多くは「熱」そのものよりも、「熱」と「水」の組み合わせで起こっている、と考えるとわかりやすいでしょう。だからこそ、濡れたまま、水を吸ったまま電子レンジや乾燥機にかけることが問題になるのです。
意外な事実3 食洗機の洗剤は「ガラスを溶かす」ほど強い
食洗機の専用洗剤は、手洗い用の洗剤とはまったくの別物です。
英語版ウィキペディアの「食洗機用洗剤」の項目によると、粉末タイプの食洗機用洗剤には、重量の45〜70%もの炭酸ナトリウムや5〜30%のケイ酸塩など、アルカリ性の成分が多く含まれているそうです。油汚れを強力に分解するためですが、そのぶん、器の表面にも負担がかかります。
実際、食洗機用洗剤の開発をめぐる海外の特許文書を読むと、この問題に長年メーカーが取り組んできたことがわかります。ある特許では、pH12〜13ほどの非常にアルカリ性の強い洗剤は、ふつうのガラスにはあまり目立った腐食を起こさない一方で、絵付けのある器や釉薬にはダメージを与えると説明されています。
また、別の古い特許では、洗剤の成分が上絵(うわえ=釉薬の上から描いた絵付け)を器に固定している成分を攻撃してしまう現象について書かれており、それを防ぐための保護成分の工夫が紹介されています。現在の食洗機用洗剤の多くに「釉薬や絵柄を守る成分」が含まれているのは、こうした研究の積み重ねなのです。
とはいえ、保護成分があっても、何百回と洗い続ければ少しずつ釉薬の表面は削れていきます。「食洗機に入れ続けたら、お皿のツヤがなくなってきた」「絵柄が薄くなってきた」という経験がある方は、まさにこの現象を目にしていることになります。
釉薬の表面が荒れると、細かな傷ができやすくなり、それが第3章で紹介した「ヒビの芽」にもなりえます。見た目の問題だけではないのです。
意外な事実4 貫入は「汚れ」と「溶け出し」の入り口にもなる
アメリカでは、器の釉薬から溶け出す鉛の量について、食品医薬品局(FDA)が基準を設けています。海外の資料によると、FDAが初めて食器の鉛の溶出に上限を設けたのは1971年で、その後さらに基準が厳しくなってきたそうです。
海外の食器の安全に関する解説記事では、古い器について、貫入が入った器は、鉛が溶け出す通り道や細菌がたまる場所になりうるため、年代や産地にかかわらず観賞用にしたほうがよいという考え方が紹介されています。
日本国内で現在販売されている一般的な食器は、食品衛生法の基準に沿って作られているので、過度に心配する必要はありません。ただ、
- 海外の古い器やアンティーク
- 出どころのわからない器
- 貫入やヒビが目立ってきた器
については、「酸っぱいもの(トマト、柑橘類、お酢を使った料理)を長時間入れておかない」「熱い料理には使わない」といった配慮をしておくと安心です。
また、衛生面でも、貫入やヒビのすき間には汚れや水分がたまりやすく、カビや雑菌が繁殖しやすくなります。貫入の線が黒っぽく見えてきたら、それは汚れが入り込んでいるサインです。
第5章 お皿にヒビを見つけたら、どうすればいい?
では実際に、大切なお皿にヒビや線を見つけたら、どうすればよいのでしょうか。
まずは「貫入」か「ヒビ」かを見極める
最初にするべきことは、その線が釉薬の表面だけの貫入なのか、器の本体(素地)まで達したヒビなのかを見分けることです。
目安は次のとおりです。
- 貫入 細かい線が網目状に広がっていることが多い。器の表面だけに入っていて、指でなぞっても段差を感じにくい
- ヒビ 1本〜数本の線が、ふちや底からまっすぐ、または曲がりながら伸びていることが多い。器の裏側まで線が通っていることがある
「音」で確かめる方法
昔から器の世界で使われている方法に、軽く叩いて音を聞くというものがあります。
器を手のひらに軽くのせるか、指で吊るすように持って、箸や指先で軽く「コン」と叩いてみましょう。
- 「キーン」「チーン」と澄んだ音が長く響く → 本体にヒビがない可能性が高い
- 「ゴッ」「ボコッ」と濁った短い音がする → 本体のどこかにヒビがある可能性がある
陶器はもともと磁器より低くやわらかい音がしますが、同じ器の「いつもの音」と比べると違いがわかりやすくなります。お気に入りの器は、元気なうちに一度音を聞いておくと、あとで比べられて便利ですよ。
使い続けてもいい?やめたほうがいい?
判断の目安をまとめると、次のようになります。
使い続けても比較的大丈夫なケース
- 意図的に入れられた貫入(萩焼や貫入釉の器など)で、ほかに異常がない
- 使っているうちに入った貫入だが、表面だけで、叩くと澄んだ音がする
この場合も、電子レンジ・食器乾燥機・食洗機の使用は控えて、手洗いして、しっかり乾かすのがおすすめです。
使用を控えたほうがいいケース
- 素地まで達しているヒビがある
- 叩くと濁った音がする
- ヒビから水がにじむ、しみ出す
- ヒビの部分が黒ずんでいる、においがする
ヒビの入った器は、使っているうちに突然割れて、手や口を切ってしまうおそれがあります。特に、熱い汁物や、電子レンジでの加熱はとても危険です。
思い出の器は「直して使う」「飾る」という選択肢も
使えなくなった器でも、捨ててしまうのはしのびないですよね。そんなときは、
- 金継ぎで修理する(ただし修理後は電子レンジ・食器乾燥機・食洗機はNG、手洗いで)
- 小物入れや鉢カバーとして使う(アクセサリー、クリップ、多肉植物の鉢カバーなど)
- 飾り皿として楽しむ
といった選択肢もあります。食器としての役目を終えても、思い出の器はきっと別の形で暮らしを彩ってくれます。
第6章 お気に入りの器を長持ちさせる7つの習慣
最後に、ここまでの内容をふまえて、陶器を長く使うための具体的な習慣をまとめます。どれも今日から始められるものばかりです。
習慣1 表示を確認し、「対応」でも過信しない
まずは器の裏や説明書きで、電子レンジ・食器乾燥機・食洗機に対応しているかを確認しましょう。表示のない器、手作りの器、古い器は「非対応」と考えて扱うのが安全です。
そして、対応表示がある器でも、「何をしても大丈夫」という意味ではないことを覚えておきましょう。
習慣2 冷蔵庫から出した器は、少し待ってから温める
冷蔵庫で冷やしていた器をそのまま電子レンジに入れるのは、熱衝撃の典型的なパターンです。数分間室温に置いてから温めるか、耐熱容器に移しかえて温めるようにしましょう。
習慣3 熱くなった器を、冷たい場所や濡れた場所に置かない
電子レンジや食器乾燥機から出したばかりの器を、冷たい天板、濡れたシンク、水の入った洗い桶に直接入れるのは避けましょう。乾いたふきんや木製の鍋敷きの上に置いて、自然に冷ますのがおすすめです。
習慣4 陶器は「つけ置き」しない、濡れたまま温めない
陶器は水を吸う器です。洗い桶に長時間つけておくと、素地の中まで水がしみ込んでしまいます。汚れが気になるときも、つけ置きは短時間にして、早めに洗いましょう。
また、洗ったばかりでまだ湿っている陶器を、すぐに電子レンジで使ったり、乾燥機にかけたりするのも控えたほうが安心です。
習慣5 洗ったら、しっかり乾かしてから食器棚へ
陶器は、表面が乾いていても素地の中はまだ湿っていることがあります。特に高台(底の輪の部分)は水が残りやすい場所です。
洗ったあとは、伏せた状態でしばらく置き、さらにひっくり返して高台側も乾かすくらいの気持ちで、風通しのよい場所でしっかり乾かしてからしまいましょう。湿ったまま重ねてしまうと、カビやにおいの原因にもなります。
習慣6 新しい陶器は「目止め」をしてから使う
土鍋の使いはじめにおかゆを炊く「目止め」はよく知られていますが、吸水性の高い陶器の器でも、使いはじめに目止めをすると汚れやにおいが入りにくくなります。
一般的な方法は、器が浸かる大きさの鍋に器と米のとぎ汁(または水に小麦粉や片栗粉を少し溶かしたもの)を入れ、弱火で15〜20分ほど煮て、そのまま冷ますというものです。でんぷんが素地のすき間を埋めてくれます。
ただし、作家さんによっては目止めをおすすめしていない器もあるので、購入時の説明を確認してから行いましょう。
習慣7 「特別な器」と「毎日の器」を分けて使う
いちばん現実的で効果的なのが、この方法かもしれません。
- 電子レンジや食洗機を気兼ねなく使いたい毎日の器は、対応表示のある磁器や炻器(ストーンウェア)、耐熱ガラスを選ぶ
- 作家ものや思い出の陶器は、手洗い・自然乾燥で大切に使う
というように、役割を分けてしまうのです。忙しい毎日の中で、すべての器に気をつかうのは大変です。「この器だけは大切に扱う」と決めておくと、器との付き合い方がぐっと楽になりますよ。
まとめ 器のヒビは「小さなダメージの積み重ね」から生まれる
最後に、この記事の内容を振り返ってみましょう。
食事中にふと気づくお皿のヒビ。落とした覚えもぶつけた覚えもないのに入っているそのヒビは、多くの場合、ある日突然生まれたものではありません。
第1章では、陶器(土もの)は磁器(石もの)と違って、素地の中に小さなすき間があり、水を吸う性質を持っていることを紹介しました。
第2章では、その「水を吸う」性質のせいで、陶器の中には電子レンジや食器乾燥機に向かないものがあることを見てきました。金彩・銀彩の器、吸水性の高い器、貫入のある器、楽焼や作家もの、金継ぎした器などは、特に注意が必要です。
第3章では、「対応」と書かれた器であっても、熱衝撃の繰り返しによって、目に見えない小さな「ヒビの芽」が少しずつ育っていくことを、海外の研究とあわせて紹介しました。素地が時間をかけて水を吸って膨らむことで起こる「遅れ貫入」も、ダメージの蓄積のひとつです。
第4章では、焼き物が何百年にもわたって水分を取り込み続けること、実は陶器のほうが急な温度変化に強い面もあること、食洗機の洗剤が釉薬に与える影響、貫入が衛生面の入り口になりうることなど、海外の文献からわかる意外な事実を紹介しました。
そして第5章・第6章では、ヒビを見つけたときの見分け方と対処法、そして器を長持ちさせるための7つの習慣をまとめました。
器のヒビは、器が「少し疲れてきたよ」と教えてくれているサインでもあります。
電子レンジや食器乾燥機は、私たちの毎日を支えてくれる、とても便利な道具です。使わない方がいいということではありません。ただ、器の性格を少しだけ知って、「この器は手洗いにしよう」「冷蔵庫から出したら少し待とう」と、ほんのひと手間をかけるだけで、お気に入りの器はぐっと長く、あなたの食卓に寄り添ってくれるはずです。
今日の夕食のあと、食器棚の器を一枚ずつ手に取って、裏の表示や高台の様子を眺めてみてはいかがでしょうか。きっと、いつもの器が少し違って見えてくると思います。
参考文献・参照元
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- Digitalfire Reference Library「Thermal Shock」 https://digitalfire.com/glossary/thermal+shock
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- Malacasa「Why Your Microwave-Safe Dishes Still Crack and How to Stop It」 https://malacasa.com/blogs/care-use-safety/why-microwave-safe-dishes-crack
- Vancasso「How to Fix and Prevent Dinnerware Glaze Crazing」 https://www.vancassotableware.com/blogs/news/guide-to-fixing-preventing-glaze-crazing
- MicrowavesHub「Is Your Ceramic Microwave-Safe?」 https://microwaveshub.com/can-you-put-ceramic-in-the-microwave/
- KitchnFam「Lead in Old and Antique Dinnerware: What’s Actually Risky」 https://kitchnfam.com/lead-in-old-and-antique-dinnerware/
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この記事は、海外の研究論文や専門家の資料、メーカーの公開情報などをもとに、器の取り扱いに関する一般的な情報をまとめたものです。器の素材や製法、電子レンジ・食器乾燥機・食器洗い乾燥機の機種によって、適切な使い方は異なります。実際にご使用になる際は、必ず各器や家電製品の取扱説明書、メーカー・作家の案内に従ってください。本記事の情報を利用したことによって生じた器の破損、家電製品の故障、けがなど、いかなる損害についても、当ブログおよび筆者は一切の責任を負いかねます。あらかじめご了承ください。

