なぜ「芸術の秋」と言われるの?いつから始まった?由来と脳科学で超検証!大人の透明水彩と手帳イラストのすすめ

目次

はじめに 読書の次は「芸術の秋」を深掘りします

少し前に、「読書の秋」について記事を書きました。唐の詩人・韓愈の漢詩がルーツで、夏目漱石の『三四郎』によって日本に広まった、というお話でしたね。

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調べているうちに、どうしても気になってしまったことがあります。それが「芸術の秋」です。

食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋、そして芸術の秋。どれも当たり前のように使っている言葉ですが、よく考えると不思議ではありませんか。絵を描くことも、音楽を聴くことも、美術館に行くことも、本来は一年中できるはずです。それなのに、なぜ「秋」なのでしょうか。

そこでこの記事では、次の疑問に順番に向き合っていきます。

  • そもそも「芸術の秋」はいつ頃から言われるようになったのか
  • 秋に芸術を楽しむのは、本当に理にかなっているのか(心理学・脳科学から検証)
  • 芸術の秋に始めるなら、どんな芸術がおすすめなのか
  • 私が今年チャレンジしている「透明水彩」と、学校で使ったマット水彩は何が違うのか
  • 手帳のすみに小さなイラストを描く、という気軽な楽しみ方

じつは私自身、今年の秋は「透明水彩」に挑戦しています。子どもの頃、図工の時間に使った水彩絵の具とはまったくの別物で、最初は驚きの連続でした。そんな体験談も交えながら、日本の記事ではあまり紹介されていない海外の研究データもたっぷりご紹介していきます。

少し長い記事になりますが、温かい飲み物でも用意して、のんびり読んでいただけたらうれしいです。

「芸術の秋」はいつから?言葉が生まれた歴史をたどる

まずは言葉のルーツから見ていきましょう。「芸術の秋」の成り立ちは、ひとつの出来事で説明できるものではなく、明治から昭和にかけていくつもの出来事が積み重なってできあがったものです。

始まりは明治40年、秋の上野で開かれた「文展」

「芸術の秋」の土台をつくったのは、1907年(明治40年)に始まった「文部省美術展覧会」、通称「文展(ぶんてん)」だと考えられます。

当時の日本の美術界は、日本画と洋画、さらにそれぞれの流派どうしが対立している状態でした。そこで政府は、すべての流派が作品を出品できる「共通の舞台」をつくることにします。文部省はこの年の6月に美術審査の仕組みを整え、同じ年の10月、東京・上野で第1回の文展を開催しました。

日本美術院の年譜によると、第1回文展の会期は10月25日から11月20日まで。その後も第3回は10月15日から、第4回は10月14日から、第5回は10月1日から始まっていて、毎年「秋に上野で大きな美術展が開かれる」というリズムが定着していきました。

ここで興味深いのが、文展のお手本です。文展は、フランスで毎年開かれていた公式の美術展「サロン」にならってつくられたといわれています。つまり、日本の「芸術の秋」は、ヨーロッパの美術制度を取り入れたところからスタートしているのです。

ちなみに、文展はその後「帝展」「新文展」と名前を変え、戦後の1946年に「日展(日本美術展覧会)」として再出発します。そして現在の日展も、例年秋に開催されています。100年以上続く「秋の美術展」の伝統は、ここから始まっているわけです。

大正時代、在野の美術展も秋に集まる

文展が国の主催する展覧会だったのに対し、大正時代に入ると、国の方針に縛られない「在野(ざいや)」の美術団体が次々に登場します。

たとえば、文展の洋画部門に不満を持った画家たちが立ち上げた「二科会」、そして岡倉天心の志を受け継いで再興された「日本美術院」による「院展」。これらの展覧会もまた、秋に開かれるようになりました。

国の展覧会も、それに対抗する展覧会も、みんな秋。こうして、秋になると上野の山に名だたる美術展がずらりと並ぶ光景が生まれていきます。現在でも、二科展、日展、院展といった日本を代表する公募展は、いずれも秋に開催されています。

1918年、雑誌『新潮』に登場した「美術の秋」

言葉そのものの由来としてよく紹介されるのが、1918年(大正7年)に発行された文芸雑誌『新潮』です。この雑誌の中で「美術の秋」という表現が使われ、それが「芸術の秋」へと広がっていったという説が有力とされています。

1918年といえば、大正モダニズムと呼ばれる、新しい文化や芸術が花開いた時代です。毎年秋に開かれる大きな美術展が話題になり、雑誌や新聞がそれを取り上げる。そんな流れの中で、「秋といえば美術、芸術」というイメージが世の中に浸透していったと考えられます。

戦後の「芸術祭」と「文化の日」が決定打に

そして、このイメージを決定的にしたのが戦後の出来事です。

1946年、文部省(現在の文化庁)は演劇や音楽、舞踊などを対象とした「芸術祭」を秋に開催するようになりました。さらに1948年には、11月3日が「文化の日」として国民の祝日に定められます。文化の日には文化勲章の授与式が行われ、その前後には全国の学校や自治体で文化祭や芸術祭が開かれるようになりました。

みなさんも学生時代、秋に文化祭や合唱コンクール、作品展があった記憶があるのではないでしょうか。こうした「秋に芸術行事が集中する」仕組みが全国に広がったことで、芸術の秋という言葉は、私たちの生活にすっかり根づいていったのです。

実は海外にも「秋の芸術シーズン」がある

「芸術の秋は日本にしかない言葉」とよくいわれます。たしかに、英語やフランス語に「芸術の秋」とぴったり同じ決まり文句はありません。

ところが、海外の事情を調べてみると、少し違った景色が見えてきます。

フランスのパリでは、1903年に「サロン・ドートンヌ(Salon d’Automne)」、直訳すると「秋のサロン」という展覧会が誕生しました。夏が終わった秋に開かれるこの展覧会は、当時の若い画家たちの登竜門となり、1905年にはマティスたちの大胆な色づかいが「フォーヴ(野獣)」と呼ばれ、「フォーヴィスム(野獣派)」という美術の流れが生まれるきっかけにもなりました。

また、フランスには「ラ・ラントレ(la rentrée)」という言葉があります。長いバカンスが終わり、人々が街に戻ってくる9月の新学期シーズンのことで、この時期に合わせて新作の本や映画、展覧会、演劇が一斉にスタートします。アメリカやイギリスでも、9月から秋にかけて美術館やオペラ、劇場の新しいシーズンが始まり、新聞や雑誌では毎年のように「秋の芸術シーズンの見どころ」を紹介する特集が組まれます。

つまり、「秋に芸術が盛り上がる」という現象そのものは、世界の多くの国に共通しているのです。違いは、それを「芸術の秋」というひと言にまとめて、季節の言葉として大切にしてきたのが日本だった、という点なのかもしれません。

秋に芸術は理にかなっている?心理学・脳科学から超検証

言葉の由来はわかりました。では、「秋は芸術に向いている」という感覚には、科学的な裏づけがあるのでしょうか。ここからは、主に海外の研究を中心に検証していきます。

先にお伝えしておくと、「秋になると芸術的センスが急に上がる」というような、わかりやすい研究結果はありません。ただ、いくつかの研究を組み合わせると、秋と芸術の相性の良さが少しずつ見えてきます。

検証1 秋は「頭の中で情報を扱う力」を使う脳が活発になる

最初にご紹介したいのが、ベルギーのリエージュ大学の研究チームが2016年にアメリカの科学誌『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』に発表した研究です。

この研究では、28人の若い健康な参加者を一年のさまざまな時期に集め、季節の影響を受けにくいよう数日間同じ環境で過ごしてもらったうえで、脳の働きをfMRI(脳の活動を画像で見る装置)で調べました。

その結果、とても面白いことがわかりました。

  • 「注意を持続させる課題」に関わる脳の反応は、夏至のころに最も高く、冬至のころに最も低かった
  • 「ワーキングメモリ(頭の中で情報を一時的に置いておき、組み合わせたり比べたりする力)」に関わる脳の反応は、秋分のころに最も高く、春分のころに最も低かった

ワーキングメモリとは、たとえば「目の前の景色を見ながら、どの色をどこに置こうか頭の中で考える」「メロディを覚えながら次の音を予想する」といった場面で使われる力です。絵を描く、楽器を弾く、作品を味わうといった芸術の活動とも、深く関わっています。

なお、この研究では課題の成績そのものは季節で大きく変わらず、変わったのは「その課題をこなすために脳がどれだけ働いているか」でした。ですから「秋は芸術の才能が上がる」とまでは言えません。それでも、秋分のころに、情報を組み立てる脳のネットワークが活発になるという結果は、「芸術の秋」という言葉と不思議と重なって見えます。

検証2 たった45分のアート制作で、ストレスホルモンが下がった

次は、アメリカ・ドレクセル大学のアートセラピー研究者、ギリジャ・カイマル教授らが2016年に発表した研究です。

この研究では、18歳から59歳までの39人の大人に、45分間自由にアート制作をしてもらいました。使った画材は、マーカー、粘土、コラージュの材料など。参加者のうち約半数は、アートの経験がほとんどない人たちでした。

制作の前後で、唾液に含まれる「コルチゾール」というストレスに関係するホルモンを測ったところ、約75%の参加者でコルチゾールの値が下がっていました。

注目したいのは、絵が得意な人も、まったく描いたことがない人も、効果に大きな差がなかったという点です。研究チームは当初、経験者ほど効果が出るだろうと予想していたそうですが、結果はそうではありませんでした。

つまり、上手に描けるかどうかは関係なく、「手を動かして何かをつくる時間」そのものが、心と体をほぐしてくれる可能性があるということです。

同じ研究チームは、同じ45分間の制作で、気分が前向きになり、「自分はやればできる」という自己効力感も高まったという結果も別の論文で報告しています。

検証3 落書きでも、脳の「ごほうび回路」が動く

カイマル教授らは、2017年にもう一歩踏み込んだ研究を発表しています。

26人の参加者に、塗り絵、落書き(ドゥードゥル)、自由なお絵描きの3種類をそれぞれ3分ずつしてもらい、そのあいだの脳の前の部分(前頭前野)の血流を測りました。前頭前野は、「楽しい」「うれしい」と感じるごほうびの仕組みにも関わっている場所です。

結果は、3つのどの活動でも前頭前野の血流が増加しました。そして、なかでも最も強く反応したのは、意外にも「落書き」だったのです。

このことは、後ほどご紹介する「手帳のすみにちょっとしたイラストを描く」という楽しみ方の、強い味方になってくれます。立派な作品をつくらなくても、ペンでくるくると線を描くだけで、脳はちゃんと喜んでくれるのかもしれません。

検証4 絵を「描く」と、脳のつながりが変わる

ドイツのエアランゲン=ニュルンベルク大学などのチームが2014年に発表した研究も興味深いものです。

この研究では、定年退職した人たち28人を2つのグループに分けました。

  • ひとつは、10週間にわたって実際に絵を描くなど、自分で作品をつくるグループ
  • もうひとつは、同じ期間、美術作品を見て解説を聞き、評価や感想を話し合うグループ

10週間後に脳を調べたところ、自分で作品をつくったグループでは、脳の中の「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる部分のつながりが強くなっていました。これは、ぼんやり考えごとをしたり、自分を振り返ったりするときに働く脳のネットワークです。さらに、このつながりの変化は、「心の回復力(レジリエンス)」が高まったことと関連していました。

一方で、作品を鑑賞して語り合ったグループでは、同じような変化は見られませんでした。

鑑賞にも鑑賞の良さがありますが、この研究は「自分の手で描くこと」には、見るだけでは得られない効果があることを示唆しています。

検証5 美しいものを見ると、脳の同じ場所が反応する

もちろん、鑑賞にも科学的な意味があります。

イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで「神経美学」という分野を切り開いたセミール・ゼキ教授らは、2011年、参加者に絵画を見てもらったり音楽を聴いてもらったりしながら脳の活動を調べました。

すると、絵であっても音楽であっても、本人が「美しい」と感じたときには、目の奥あたりにある「内側眼窩前頭皮質(ないそくがんかぜんとうひしつ)」という、快さや価値の判断に関わる部分が強く反応していました。しかも、「美しい」と感じる度合いが強いほど、反応も強くなっていたのです。

紅葉で色づく山、澄んだ空、夕暮れの光。秋は、私たちが日常の中で「きれいだな」と感じる瞬間が増える季節です。美術館に行かなくても、窓の外の景色を眺めるだけで、脳は美しさを味わっているのかもしれません。

検証6 世界保健機関(WHO)も認めた、芸術と健康の関係

ここまでいくつかの研究を紹介してきましたが、「ひとつの研究だけでは心もとない」と感じる方もいるでしょう。

そこで最後に紹介したいのが、2019年に世界保健機関(WHO)のヨーロッパ地域事務局が発表した報告書です。ロンドン大学のデイジー・ファンコート博士らが、芸術と健康に関する3,000件以上の研究を整理し、芸術が心と体の健康に役立つ可能性があるという、幅広い証拠があることをまとめました。

報告書では、芸術活動が、ストレスの軽減、孤独感の緩和、気分の改善、さらには病気の予防や回復の支えになりうることなどが紹介されています。芸術は「余裕のある人の趣味」ではなく、健康を支える活動のひとつとして、国際的にも注目されているのです。

検証7 秋の気候は「没頭」しやすい

ここまでは芸術そのものの効果でしたが、最後にもう一度「なぜ秋なのか」に戻りましょう。

気温や湿度が高すぎると、人は体温を下げることにエネルギーを使い、集中が途切れやすくなります。真夏に絵を描こうとしても、汗で紙がよれたり、絵の具がすぐに乾いたりして、なかなか落ち着いて取り組めません。反対に、真冬は手がかじかんで、細かい作業がしにくくなります。

その点、秋は暑すぎず寒すぎず、過ごしやすい季節です。アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー(時間を忘れるほど何かに没頭している状態)」に入るためには、気が散る要素が少ない環境が大切だとされています。快適な秋の気候は、まさにそうした没頭のための条件をそろえてくれるのです。

さらに、日が短くなって夜の時間が長くなることも、家の中でじっくり手を動かす時間をつくってくれます。

検証のまとめ 秋と芸術は「かなり相性がいい」

ここまでの検証をまとめると、次のようになります。

  • 秋分のころは、情報を頭の中で組み立てる脳のネットワークが活発になるという研究がある
  • 経験の有無に関係なく、短時間のアート制作でストレスホルモンが下がる傾向がある
  • 落書きのような気軽な活動でも、脳のごほうびの仕組みが反応する
  • 自分で描くことには、見るだけでは得られない脳の変化が起きる可能性がある
  • 美しいものを見ると、絵でも音楽でも脳の同じ場所が喜ぶ
  • 秋の過ごしやすい気候と長い夜は、何かに没頭するのにぴったり

「秋だから才能が開花する」とまでは言えません。けれど、秋は芸術を楽しむための条件がそろいやすい季節であり、芸術を楽しむことは心と体にうれしい変化をもたらしてくれる。そう考えると、「芸術の秋」は、明治の美術展から生まれた単なる習慣ではなく、かなり理にかなった言葉だといえそうです。

芸術の秋に始めたい!初心者におすすめの芸術7選

「芸術を始めてみたいけれど、何をすればいいのかわからない」という方のために、大人になってからでも始めやすい芸術を7つご紹介します。

1.透明水彩

この記事のメインテーマでもある透明水彩です。紙とパレットと筆があれば始められ、にじみやぼかしといった、水ならではの偶然の美しさを楽しめます。紅葉のグラデーションや、秋の夕焼けを描くのにもぴったりです。くわしくは次の章でたっぷりご紹介します。

2.色鉛筆画

いちばん気軽に始められるのが色鉛筆です。水も道具の準備もいらず、汚れる心配もありません。最近は、水を含ませた筆でなぞると水彩のようにぼかせる「水彩色鉛筆」もあり、透明水彩への入り口としてもおすすめです。

3.スケッチ(ペン画)

1本のペンと小さなノートだけで始められます。カフェのカップ、通勤途中の街路樹、休日の食卓。目の前のものを「よく見る」ことで、ふだん見過ごしている形や影に気づけるようになります。前述のドイツの研究のように、「自分の手で描く」ことに意味があるなら、まずは5分のスケッチからでも十分です。

4.写真

スマートフォンのカメラでも、立派な芸術活動になります。秋は紅葉、木漏れ日、夕暮れの長い影など、光と色が美しい季節です。「今日は赤いものだけを撮る」「影だけを撮る」といったテーマを決めると、写真がぐっと楽しくなります。

5.カリグラフィー・ペン字

文字を美しく書く芸術です。手帳やカードにひと言添えるだけでも雰囲気が変わります。手帳好きの方にとっては、毎日の記録がそのまま練習の場になるのも魅力です。

6.楽器や歌

芸術は目で見るものだけではありません。先ほどのゼキ教授の研究では、音楽を聴いて「美しい」と感じたときにも、絵を見たときと同じ脳の部分が反応していました。昔習っていた楽器をもう一度出してみたり、ウクレレやカリンバのような手軽な楽器に挑戦してみたりするのも、すてきな芸術の秋です。

7.美術館・展覧会めぐり

「つくる」だけが芸術ではありません。秋は大きな展覧会がそろう季節です。日展、二科展、院展といった公募展はもちろん、各地の美術館でも秋に力の入った企画展が多く開かれます。気になる作品の前でじっくり立ち止まり、「なぜこの絵に惹かれるんだろう」と考えてみるだけでも、立派な芸術体験になります。

どれを選んでも正解です。大切なのは、上手かどうかではなく、「やってみて楽しいかどうか」。前述のとおり、ストレスホルモンが下がるのに、絵の経験は関係ありませんでした。気になったものから、気軽に手を伸ばしてみてください。

筆者は透明水彩にチャレンジ!学校の絵の具とはまるで別物でした

ここからは、私自身の体験です。

今年の秋、思い切って「透明水彩」の絵の具セットを買いました。水彩なら小学校の図工で何度も使ったし、なんとなく描けるだろう。そう思っていたのですが、最初の一枚で見事に打ちのめされました。

色を重ねたら、下の色が透けて見える。白い絵の具を混ぜて明るくしようとしたら、色がにごる。水をたっぷり含ませたら、思いもよらない方向に色がにじんでいく。

「これ、学校で使っていた絵の具と全然違う!」

調べてみると、それもそのはず。私たちが子どもの頃に使っていた水彩絵の具と、画材店で売られている透明水彩は、そもそも成り立ちから違うものだったのです。

そもそも絵の具は何でできている?

まずは基本から。絵の具は、大きく分けると次の2つでできています。

  • 顔料(がんりょう)…色のもとになる、とても細かい色の粉
  • 展色剤(てんしょくざい)…顔料を紙にくっつけるための「のり」の役割をするもの

水彩絵の具の場合、この「のり」に使われるのは、主に「アラビアガム」という植物由来の樹液です。アフリカなどに生えるアカシアの木から採れるもので、水に溶けやすく、乾くと透明な膜になる性質を持っています。ここに、しっとりさを保つためのグリセリンなどが加えられています。

水彩絵の具の違いは、この「顔料」と「のり」、そして「それ以外に何を混ぜているか」の割合によって生まれます。

透明水彩とは「紙の白を生かす」絵の具

透明水彩は、その名のとおり、塗った色が透明に近い状態で紙の上に残る絵の具です。

透明水彩は、顔料をアラビアガムでつないだ、とてもシンプルなつくりをしています。顔料の粒が透明な「のり」の膜に包まれた状態で紙に定着するため、光が絵の具の層を通り抜け、下の紙で反射して私たちの目に届きます。そのため、色が明るく、みずみずしく見えるのです。

この性質から、透明水彩には次のような特徴があります。

  • 白は「紙の色」で表現する。白い絵の具はほとんど使わず、塗らずに残した部分が光になる
  • 色を重ねると、下の色が透けて混ざり合う(重色、または英語でグレーズと呼ばれます)
  • 明るい色から暗い色へと順番に塗り重ねていくのが基本
  • 水の量で色の濃さを調整する。薄めるときは白ではなく水で薄める

子どもの頃の感覚で「明るくしたいから白を混ぜよう」とすると、透明水彩では色がくすんでしまいます。これが、私が最初につまずいたポイントでした。

マット水彩とは「学校で使いやすい」日本生まれの絵の具

一方、多くの方が小学校で使った水彩絵の具は、「マット水彩」と呼ばれるタイプのものが多いようです。

マット水彩は、日本の学校教育向けに工夫されてきた、日本ならではの絵の具だといわれています。顔料とアラビアガムに加えて、「体質顔料(たいしつがんりょう)」と呼ばれる、色のつかない白っぽい粉などが混ぜられているのが特徴です。

この体質顔料が入っていることで、次のような性質が生まれます。

  • 水を少なめにすると、下の色を隠して塗りつぶせる(不透明に近い)
  • 水を多めにすると、透明水彩のように透けて重ねることもできる
  • 乾くと、つやを抑えた落ち着いた(マットな)仕上がりになる
  • 塗りムラが出にくく、広い面を均一に塗りやすい

つまり、マット水彩は「透明にも不透明にも使える、いいとこ取りの絵の具」です。間違えたところを上から塗りつぶして直せるので、子どもが自由に描くにはとても使いやすいのです。

さらに「不透明水彩(ガッシュ)」もある

ちなみに、水彩絵の具にはもうひとつ、「不透明水彩」、英語やフランス語で「ガッシュ」と呼ばれるタイプもあります。こちらは顔料の量が多く、体質顔料も加えられていて、下の色をしっかり隠して塗れるのが特徴です。ポスターやイラスト、デザインの仕事などでよく使われてきました。

3つの水彩をくらべてみると

わかりやすく整理すると、次のようになります。

種類透け方白の表現重ね塗り向いている使い方
透明水彩よく透ける紙の白を残す下の色が透けて混ざる風景画、植物画、淡くみずみずしい表現
マット水彩水の量しだい白い絵の具も使う塗りつぶしも透かしもできる学校の図工、自由な練習
不透明水彩(ガッシュ)ほとんど透けない白い絵の具で表現下の色を隠せるポスター、イラスト、デザイン

どれが優れているということではなく、「何を描きたいか」によって選ぶ絵の具が変わる、ということですね。

透明水彩は「水と偶然」を楽しむ画材

透明水彩を使ってみてわかったのは、この絵の具は「思いどおりにならないこと」を楽しむ画材だということです。

代表的な技法をいくつかご紹介します。

  • ウェット・オン・ウェット(にじみ)…紙を先に水で濡らしておき、そこに絵の具を落とす技法。色がふわっと広がり、空や遠くの山、紅葉の背景などにぴったりです
  • ウェット・オン・ドライ(重ね塗り)…乾いた紙や乾いた色の上に、くっきりと色を重ねる技法。輪郭や影をはっきりさせたいときに使います
  • グラデーション…水の量を少しずつ増やしながら塗ることで、濃い色から淡い色へとなめらかに変化させる技法です
  • リフティング…濡れているうちにティッシュや乾いた筆で色を吸い取り、光や雲を表現する技法です

また、絵の具によっては、乾いたときに顔料の粒が紙のくぼみにたまり、ざらっとした模様が浮かび上がる「グラニュレーション(粒状化)」という現象が起きるものもあります。石や古い壁、木の幹などを描くと、これが驚くほどいい味を出してくれます。

透明水彩の本場ともいえるイギリスでは、18世紀から19世紀にかけて、風景画を中心に水彩画が大きく発展しました。ターナーをはじめとする画家たちが、水と光が生み出す偶然の表情を、作品の魅力へと高めていったのです。

透明水彩は「紙」で8割決まる?

始めてみてもうひとつ驚いたのが、「紙」の大切さです。

学校で使った画用紙に透明水彩を塗ると、水を含んだ紙がでこぼこに波打ったり、色がすぐに染み込んでにじみが広がらなかったりします。これは、画用紙が大量の水を受け止めることを前提につくられていないためです。

透明水彩を楽しむなら、「水彩紙」を選ぶのがおすすめです。水彩紙にはいくつか種類があり、とくに綿(コットン)100%のものは水をたっぷり含むことができ、にじみやぼかしがとても美しく仕上がります。紙の表面には、つるつるした「細目」、適度な凹凸のある「中目」、ざらざらした「荒目」があり、初心者にはクセの少ない中目が扱いやすいといわれています。

また、紙が波打つのを防ぎたいときは、四辺がのり付けされた「ブロックタイプ」の水彩紙を使うと便利です。

初心者が最初にそろえたい道具

私が実際に始めてみて、「最低限これがあれば楽しめる」と感じた道具は次のとおりです。

  • 透明水彩絵の具(12色程度の固形タイプが、片付けも簡単で始めやすい)
  • 水彩紙(はがきサイズくらいの小さなものから)
  • 筆(太めの丸筆と、細い丸筆の2本があれば十分)
  • 水入れとパレット(固形絵の具ならケースのふたがパレット代わりになることも)
  • ティッシュや布(色を吸い取ったり、筆の水分を調整したりするのに使います)

最初から高価な道具をそろえる必要はありません。ただ、紙だけは水彩紙を選ぶと、透明水彩本来の美しさを実感しやすくなります。私も最初は手持ちのノートで描いていましたが、水彩紙に変えた瞬間、「これだ!」と思うほど色の広がり方が変わりました。

透明水彩で秋を描いてみよう

秋は、透明水彩にとって最高のモチーフがあふれる季節です。

  • 赤、オレンジ、黄色が混ざり合う紅葉の葉っぱ
  • 夕焼けのグラデーション
  • 栗や柿、りんごなどの秋の味覚
  • うろこ雲が広がる高い空

最初は、落ち葉を一枚拾ってきて、それを描くところから始めてみてはいかがでしょうか。葉っぱの形を鉛筆で薄く描き、黄色を塗って、乾ききる前にオレンジや赤を少し落とす。それだけで、色が勝手に混ざり合い、自分でも驚くほど秋らしい一枚ができあがります。

「上手に描こう」とするより、「水と色が混ざり合う様子を眺めて楽しもう」という気持ちで向き合うのが、透明水彩を楽しむいちばんのコツだと感じています。

手帳のすみにちょっとしたイラストを描いてみよう

「芸術を始めたいけれど、まとまった時間がとれない」

そんな方にぜひおすすめしたいのが、いつも使っている手帳のすみに、小さなイラストを描くことです。

落書きは集中力と記憶を助ける?

「落書き」というと、授業中に先生に怒られるイメージがあるかもしれません。でも、海外の研究では、落書きにはむしろ良い効果がある可能性が報告されています。

イギリスのプリマス大学の心理学者ジャッキー・アンドレード教授が発表した研究では、40人の参加者に、少し退屈な内容の電話メッセージを聞いてもらいました。そのとき、半分の人には図形の塗りつぶし(落書きのような作業)をしながら聞いてもらい、残りの半分の人には何もせずに聞いてもらいました。

その後、内容をどれだけ覚えているかを調べたところ、落書きをしながら聞いた人のほうが、思い出せた情報が約29%多かったのです。

研究では、退屈なときに頭が別のことを考えて上の空になるのを、落書きが適度に防いでくれたのではないかと考えられています。

先ほどご紹介したドレクセル大学の研究でも、塗り絵や自由なお絵描きより、落書きのほうが脳のごほうびの仕組みが強く反応していました。手帳のすみの小さな落書きは、思っている以上に、心と頭にうれしい時間なのかもしれません。

手帳イラストのアイデア

絵が苦手な方でも、今日から描けるアイデアをいくつかご紹介します。

  • 天気のマーク…晴れ、くもり、雨を、毎日のページのすみに小さく描く
  • その日のひとこと絵…食べたもの、行った場所、印象に残ったものを、丸や四角を組み合わせて描く
  • 今日の色…その日の気分を一色で表し、小さな四角を塗る。一か月続けると、自分だけのカラーパレットができあがります
  • 季節のモチーフ…秋なら、もみじ、どんぐり、きのこ、月、栗など。どれもシンプルな形なので描きやすいです
  • 囲み線や吹き出し…文字を四角や雲の形で囲むだけでも、手帳のページがぐっと楽しくなります

上手に描こうとしなくて大丈夫です。棒人間でも、丸を3つ並べただけでも、自分が見返して「この日はこうだったな」と思い出せれば十分です。

手帳で透明水彩を楽しむコツ

手帳のイラストに、透明水彩でほんの少し色を添えると、一気に雰囲気が変わります。

ただし、ふつうの手帳の紙は水に弱く、絵の具を塗ると波打ったり裏に抜けたりしやすいので、次のような工夫がおすすめです。

  • 「水筆(みずふで)」を使う…軸の中に水が入っている筆で、水入れがいらず、少ない水で塗れます
  • 水分を少なめにする…筆の水分をティッシュで軽く吸ってから塗ると、紙へのダメージが減ります
  • 水彩紙を小さく切って貼る…別の紙に描いて、マスキングテープやのりで手帳に貼れば、紙を気にせず描けます
  • 水彩対応のリフィルやノートを使う…手帳の種類によっては、画用紙や水彩向けの紙を使ったリフィルやノートが選べるものもあります

小さな固形絵の具のパレットと水筆をペンケースに入れておけば、カフェでも旅先でも、さっと色を塗ることができます。

手帳イラストは「振り返り」を楽しくする

手帳を長く使っていると、「書いたけれど見返さない」ということがよくあります。でも、ページのすみに小さな絵があると、不思議とページをめくりたくなるものです。

文字だけの記録よりも、絵や色があると、その日の空気感まで思い出しやすくなります。一年後、秋のページをめくったときに、拾ったもみじの絵や、その日の空の色が残っていたら、それはもう、世界にひとつだけの作品集です。

まとめ 今年の秋は「上手じゃなくていい芸術」を始めよう

ここまで、「芸術の秋」について、言葉の由来から科学的な検証、そして実際の楽しみ方まで、たっぷりご紹介してきました。最後に、もう一度ふり返ってみましょう。

「芸術の秋」は、1907年(明治40年)に秋の上野で始まった文展をきっかけに、大正時代には在野の美術展も秋に集まり、1918年の雑誌『新潮』の「美術の秋」という言葉を経て広まりました。そして戦後の芸術祭や文化の日によって、私たちの暮らしの中にしっかりと根づいていきました。パリの「サロン・ドートンヌ」のように、海外にも秋に芸術が盛り上がる文化があることも見逃せません。

科学の面から見ると、秋分のころには情報を組み立てる脳の働きが活発になるという研究があり、さらに、経験に関係なく短時間のアート制作でストレスホルモンが下がること、落書きでも脳のごほうびの仕組みが反応すること、自分で描くことで脳のつながりが変わることなどが、海外の研究で報告されています。過ごしやすい気候と長い夜も、何かに没頭するのにぴったりです。「芸術の秋」は、思っていた以上に理にかなった言葉でした。

芸術といっても、構えすぎる必要はありません。色鉛筆でも、スマートフォンの写真でも、美術館めぐりでも、どれも立派な芸術の秋です。私のように透明水彩に挑戦してみれば、学校で使ったマット水彩とはまったく違う、水と色が織りなす偶然の美しさに出会えるはずです。そして、時間がない日は、手帳のすみに小さなもみじをひとつ描くだけでもかまいません。

この記事で紹介した研究に共通していたのは、「上手かどうかは関係ない」ということでした。大切なのは、手を動かし、目の前の美しさに気づき、その時間を楽しむことです。

前回の記事で、秋の夜長に本を開いてみませんかとお伝えしました。今回は、その本を閉じたあとに、ペンや筆を手に取ってみませんか。窓の外で色づいていく木々をながめながら、あなたらしい「芸術の秋」を、今年こそ始めてみてください。

あわせて読みたい
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参考文献・参照元

「芸術の秋」の由来・歴史

心理学・脳科学(海外文献)

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この記事を書いた人

手帳が続かない・考えすぎて動けない、そんな時期を何度も経験してきました。
手帳歴20年以上、GTD・振り返り・小さな習慣を実践しながら、少しずつ自分なりの整理術を見つけてきた人間です。
「頑張りすぎない改善」をテーマに、手帳・習慣化・心理・オカルト・日常の気になることを丁寧に発信しています。

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