漫画は読書に入るのか?世界の研究が明かす「読む力」の真実

「漫画ばかり読んでないで、ちゃんとした本を読みなさい。」

子どもの頃、あるいは大人になってからも、そんな言葉をかけられた経験がある人は少なくないはずです。漫画は「娯楽」であり、「本物の読書」ではない——そんな固定観念は、日本社会に深く根を張っています。

でも、本当にそうなのでしょうか。

近年、認知科学・神経科学・教育学の分野では、漫画(コミック)の読書としての価値を真剣に検討する研究が世界中で増えています。その結果は、多くの「漫画不要論者」にとって驚くべきものかもしれません。

この記事では、「漫画は読書に入るのか」というテーマを多角的に掘り下げていきます。そもそも「読書」とは何かという定義論から始まり、世界で交わされてきた論争の歴史、脳科学が明らかにした漫画と記憶の関係、さらには漫画をより深く楽しむための読み方まで、じっくりとお話しします。

目次

そもそも「読書」とは何か——定義から考える

「読書」とはいったい何でしょうか。辞書的には「書物を読むこと」ですが、その「書物」の定義がすでに論争の種になっています。

文字だけが並んだ小説は読書で、絵と文字が混在する漫画は読書ではない——そう主張する人は、「読書=文字情報の処理」という前提を持っています。しかしこの定義は、実はかなり恣意的です。

たとえば、絵本はどうでしょうか。絵本には大量の挿絵があり、文章量は最小限です。それでも幼児教育において絵本の「読み聞かせ」は重要な知的活動とされています。写真集や図録は? アートブックは? グラフィックノベルは? 境界線を引こうとすると、途端にあいまいさが露わになります。

国際的な定義に目を向けると、さらに興味深い事実が見えてきます。

ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、識字能力(リテラシー)を「さまざまな形式のテキストを理解・解釈・創造・伝達・計算する能力」と定義しており、必ずしも「純粋な文字情報」に限定していません。絵と文字が組み合わさった漫画を読むことも、この広義のリテラシーに含まれうるのです。

また、メディア論の観点から「読書」を定義するならば、「記号を解読し、意味を構築する認知的プロセス」となります。漫画のコマ割りを読み解き、キャラクターの表情から感情を読み取り、時間の流れを推測する行為は、まさにこの定義に合致します。

漫画研究の第一人者であるスコット・マクラウドは、著書「マンガ学」(原題 “Understanding Comics”)の中で、漫画を「空間的に並置された絵やその他のイメージのシークエンス」と定義しました。この定義によれば、漫画は非常に高度なメディアであり、読者は「コマとコマの間」——いわゆる「間(ま)」——を自分の想像力で埋める認知作業を常に行っています。

「漫画は読書ではない」という偏見の歴史

漫画への偏見は日本だけの話ではありません。20世紀のアメリカでは、コミックブックに対する社会的な批判が今よりもはるかに激しく展開されていました。

1954年、精神科医のフレデリック・ワーサムは著書「無垢の誘惑(Seduction of the Innocent)」を出版し、「コミックブックは子どもを非行に走らせる」と主張しました。この本は当時のアメリカ社会に大きな衝撃を与え、上院の公聴会まで開かれ、コミックの内容を規制するための「コミックス・コード」が設けられる事態にまで発展しました。

しかし後年、ワーサムの研究はデータの恣意的な解釈や誇張が含まれていたことが明らかになりました。それでも彼が植え付けた「コミック=有害」という印象は、数十年にわたってアメリカ社会に残り続けました。

日本でも似たような論争は繰り返されてきました。「漫画ばかり読む子は本を読まない」「漫画は思考力を育てない」といった言説は、今もSNSや親の会話の中に生き残っています。

しかし研究者たちは、こうした主張に対して、データをもとに反論を続けてきました。

世界で行われた「漫画=読書」論争——研究者たちの見解

漫画を読書の一形態として真剣に捉えた先駆け的な研究者の一人が、南カリフォルニア大学(USC)の言語学者スティーブン・クラッシェン(Stephen Krashen)です。

クラッシェンは1993年の著書「読書の力(The Power of Reading)」の中で、コミックブックを含む「ライト・リーディング(軽い読書)」が、日常会話レベルの言語から学術的な言語能力へと橋渡しする役割を果たすと論じました。

さらに1996年には、ジョアン・ウジイエとの共同研究で、中学校の男子生徒を対象とした調査を行い、コミックブックをよく読む生徒ほど、読書全般を楽しみ、より多く本を読む傾向があることを発見しました。つまり、漫画・コミックの読書は一般的な読書習慣を「置き換える」のではなく、むしろ「促進する」というのです。

また、クラッシェンは「コミックブックのテキストには、日常会話よりも多くの『珍しい語彙(rare words)』が含まれている」とも指摘しています。これは語彙力の発達という観点からも、コミックが単純な娯楽にとどまらない可能性を示唆しています。

一方、認知科学者のニール・コーン(Neil Cohn)は、さらに踏み込んだアプローチをとっています。コーンはティルブルフ大学(オランダ)で視覚言語と認知の研究を行っており、2019年の論文「脳とコミックス(Your Brain on Comics)」の中で、漫画のコマを処理する際に脳が活性化するパターンが、言語や音楽を処理するときと非常に似ていることを脳波(ERP)研究によって示しました。

彼の結論はシンプルかつ革命的です——「漫画を読むことは、言語を処理することと同質の高度な認知活動である」。

コーンはまた、漫画に固有の「視覚言語文法(Visual Narrative Grammar)」が存在すると主張しています。コマのつながり、視点の移動、表現技法——これらはすべて文法的な規則に従っており、読者はそれを無意識のうちに習得・運用しています。つまり、漫画を「読む」力は、訓練によって磨かれる真の読解力なのです。

同じテーマの小説と漫画、どちらが記憶に残りやすいか

「でも、小説の方が頭に残るんじゃないの?」

そう思う方も多いでしょう。しかしこの直感は、最新の認知科学によって覆されつつあります。

カギとなるのが「デュアルコーディング理論(Dual Coding Theory)」です。

デュアルコーディング理論は、カナダの心理学者アラン・パイヴィオ(Allan Paivio)が1970年代に提唱した理論で、「人間の脳は情報を言語的なコード(言葉)と非言語的なコード(イメージ)の2つの形式で処理・保存する」というものです。そして、同じ情報を2つのコードで同時に処理すると、記憶への定着がより深くなると言われています。

漫画はまさにこの理論の申し子です。テキスト(言語的コード)と絵(非言語的コード)が同時に目に入り、脳内で統合されます。これにより、純粋なテキストのみの小説と比べて、情報が複数の経路から記憶に刻まれやすくなります。

この現象は「ピクチャー・スーペリオリティ効果(Picture Superiority Effect)」とも呼ばれています。同じ内容を「言葉だけで聞く/読む」場合と「絵として見る」場合では、後者の方が記憶に残りやすいことが、多数の実験で確認されています。絵は言語的コードと視覚的コードの両方で二重にエンコードされるため、記憶の検索手がかりが増えるのです。

2018年に行われたある研究では、英語学習者(EL)の中学生を対象として、同じ章をグラフィックノベル版と通常の小説版で読ませる実験が行われました。その結果、グラフィックノベルで読んだ生徒たちのほうが、内容の再現テスト(リテリング課題)においてより高いスコアを出し、記憶の定着も優れていたことが報告されています。

さらに、漫画が記憶定着に優れているもう一つの理由として「感情移入のしやすさ」があります。

2025年にサイエンスダイレクト(ScienceDirect)に掲載された研究によれば、漫画はクロースアップされた表情描写、コマの流れによるシネマティックな演出、キャラクターとの感情的なつながり(パラソーシャル・リレーションシップ)など、独自のナラティブ・ツールを持っており、これらが読者の深い感情的関与を促すとされています。感情を伴って体験した情報は、感情を司る扁桃体と記憶を司る海馬が連携することで、より強く長期記憶に刻まれます。

脳科学が明かす!漫画を読むときの脳の中身

では、漫画を読んでいるとき、脳の中では具体的に何が起きているのでしょうか。

2014年、大阪大学の研究グループは、4コマ漫画を読むときの脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で計測する実験を行いました。その結果、以下のような段階的な脳の活性化が確認されました。

第2コマ(展開部)では、人の意図や心理状態を推測するときに使われる「側頭頭頂接合部(TPJ)」が活性化。第3コマ(転換部)では、側頭葉と前頭葉が連動して活性化。そしてオチとなる第4コマ(落ち)では、創造的思考や社会的認知に関わる「内側前頭前野(MPFC)」と、驚きや予測誤差の処理に関わる「小脳」が強く活性化しました。

この結果は、漫画のコマを追う行為が単純な視覚情報の処理ではなく、文脈の予測・他者の心理推測(心の理論)・感情処理などを含む、非常に複雑な認知プロセスであることを示しています。

また、ニール・コーンの脳波研究では、漫画のコマが文脈から外れた内容になったとき(例えば、流れを無視したコマが挿入されたとき)、言語文章における文法的・意味的な誤りを検出するときと同じ脳波パターン(N400やP600)が現れることが確認されました。これは、漫画の読解が言語の読解と類似した神経基盤を持つことを意味しています。

さらに、目の動きを記録するアイトラッキング研究によって、漫画の読者はコマの中で無意識のうちに重要な情報を選択的に追視していることも明らかになっています。この「注意の選択と統合」は、流暢な読解に欠かせない高次認知機能です。

興味深いことに、アメリカの読者と日本の読者では、漫画を読むときの視線の動きが異なることもわかっています。日本の読者は背景を含む場面全体を「ホリスティック(全体的)」に見る傾向があるのに対し、アメリカの読者は中心的なオブジェクトに視線を集中させる「アナリティック(分析的)」な傾向が見られます。これは東アジアと西洋の認知スタイルの違いを反映しており、漫画の読書体験が文化と深く結びついていることを示しています。

漫画が優れる理由——小説にはできないこと

「じゃあ漫画と小説は同じなの?」というと、そうとも言い切れません。両者にはそれぞれの強みがあります。ここでは特に、漫画が小説よりも優れる点に注目してみましょう。

まず、「感情の直接的な伝達」です。小説は「彼女は泣き崩れた」と書くことで読者の想像力に訴えますが、漫画は泣き崩れる表情・涙・体の崩れ方を直接描きます。感情表現の即時性と具体性において、漫画は際立った優位性を持っています。漫画特有のクロースアップ技法は、映画的な手法を紙の上に持ち込んでおり、感情移入を高める効果があります。

次に、「複雑な空間情報の伝達」です。バトルシーンの位置関係、建物の構造、戦場の地理——こうした空間情報は、言葉だけで説明しようとすると読者に大きな認知負荷がかかります。漫画はこれを視覚的に瞬時に伝えることができます。

また、「コマとコマの間の想像力」という独自の強みもあります。漫画は常に「全部」を描くわけではありません。コマとコマの間の省略された時間・空間を、読者は自分の想像力で補完します。この能動的な参加こそが、読者と作品の深い精神的なつながりを生み出すのです。スコット・マクラウドはこれを「クロージャー(closure)」と呼び、漫画の最も本質的な魔法と位置づけています。

さらに、「アクセシビリティ」という点でも漫画は優れています。テキストの密度が低く、視覚情報が豊富なため、読書が苦手な人、外国語学習者、認知に困難を抱える人にとっても読みやすいメディアです。医療・健康教育の分野で漫画が活用される研究が増えているのも、このアクセシビリティゆえです。

ある研究では、健康教育用の漫画を読んだグループが、同じ内容のテキストを読んだグループよりも、行動変容(実際に生活習慣を変える)において高い効果を示したことが報告されています。「知識を得る」だけでなく「行動を変える」という点において、漫画の力は侮れません。

漫画の限界——公平に見つめる

もちろん、漫画が万能なわけではありません。公平のために、小説・活字メディアが優れる側面も見ておきましょう。

語彙の豊かさという観点では、文字だけの小説は漫画よりも圧倒的に多様な語彙・表現に触れる機会を提供します。特に文学的な表現、詩的な言い回し、抽象的な概念の説明においては、活字の密度には及びません。

また、深い抽象的思考を育てるという点では、哲学書・科学書・歴史書などのノンフィクションは漫画では代替しにくい知的体験を提供します。長い論旨を追い、抽象概念を積み上げていく訓練は、活字メディアの独壇場と言えます。

集中持続力という面でも、長編小説を読み切る体験は、途中でページをめくるテンポが遅い分、より長時間の集中力の持続を促す側面があります。

つまり、漫画と小説は「優劣」の関係ではなく、異なる強みを持つ補完的なメディアなのです。

漫画の効果的な読み方——より深く楽しむために

漫画を「ただ眺める」のではなく「読む」体験に深めるためのヒントをいくつかご紹介します。

コマの外側に想像を広げる

先述の「クロージャー」を意識しながら読みましょう。コマとコマの間で何が起きているかを、ただ流して読むのではなく、少し立ち止まって想像する習慣をつけると、物語への没入感が格段に増します。

表情・体の言語を読み解く

漫画の魅力の一つは、キャラクターの微細な感情表現です。セリフだけでなく、目の形・口角の微妙な動き・体の姿勢・汗や涙の描写——これらを丁寧に読むことで、作者が意図した感情の機微を受け取る「感情読解力」が養われます。

コマ割りのリズムを感じる

縦に細長いコマが続く場面は緊張感を、横に広いコマは開放感や時間の広がりを表すことが多いです。コマの大きさや形が変化するタイミングに注目することで、作者が意図したテンポの変化を体感できます。

作品を超えて比較する

同じ作家の別の作品、あるいは同じジャンルの異なる作家の作品を読み比べることで、それぞれの「絵の文法」の違いが見えてきます。これはマクラウドが言う「視覚言語の習得」そのものです。

テーマについて話し合う・書き残す

読んだ後に、誰かとその作品について話すか、感想をメモするだけで、記憶の定着率は大きく上がります。デュアルコーディング理論で説明されるように、言語的な処理を加えることで記憶の経路がさらに増えます。

あえて「ゆっくり読む」

漫画は「すらすら読める」メディアですが、意識的にペースを落として読むと新しい発見があります。背景に描かれた小道具、コマの外(欄外)のサービスカット、1コマの中の情報密度——早読みでは見落としがちなディテールが、物語全体の解像度を高めてくれます。

まとめ——漫画は立派な「読書」である

「漫画は読書に入るのか?」という問いに対する私の答えは、明確にYESです。

認知科学者ニール・コーンの研究が示すように、漫画のコマを読み解く行為は、脳内で言語の処理と同質の複雑な認知活動を引き起こします。言語学者スティーブン・クラッシェンのデータが証明するように、漫画の読書は他の読書習慣を妨げるどころか、読書への入口として機能します。そして、デュアルコーディング理論とピクチャー・スーペリオリティ効果が示すように、言葉と絵の組み合わせは、時に純粋な活字よりも深く記憶に刻まれます。

もちろん、漫画だけで知的欲求のすべてを満たすべきとは言っていません。活字の本にしかない豊かさも確かに存在します。大切なのは、「漫画は読書ではない」という根拠のない偏見によって、豊かな読書の可能性を自ら狭めないことです。

漫画を読む子どもを「ちゃんとした本を読みなさい」と叱るより、その漫画について一緒に話し合ってみてください。「このキャラクターはなぜこんな選択をしたの?」「この話、他の漫画や本と似てると思う?」——そんな問いかけが、漫画を深い「読書体験」に変えていきます。

読書の形は、一つではありません。活字の本も、漫画も、グラフィックノベルも、それぞれが異なる方法で私たちの想像力・共感力・思考力を育てています。多様な「読む」体験を積み重ねることが、豊かな読書人生への道ではないでしょうか。

あなたの手元にある漫画は、今日から堂々と「読書」の一冊です。


参考にした主な研究・文献

  • Krashen, S. D. (1993). The Power of Reading. Libraries Unlimited.
  • Ujiie, J. & Krashen, S. D. (1996). Comic Book Reading, Reading Enjoyment, and Pleasure Reading. Reading Improvement, 33, 51-54.
  • Cohn, N. (2020). Your Brain on Comics: A Cognitive Model of Visual Narrative Comprehension. Topics in Cognitive Science, 12(1), 352-386.
  • Paivio, A. (1991). Dual coding theory: Retrospect and current status. Canadian Journal of Psychology, 45(3), 255-287.
  • Osaka, M. et al. (2014). Serial changes of humor comprehension for four-frame comic Manga: an fMRI study. Scientific Reports, 4, 5828.
  • ScienceDirect (2025). A case study of Manga as a self-regulation technique for internalizing disorders.
  • McCloud, S. (1993). Understanding Comics: The Invisible Art. Kitchen Sink Press.(邦訳:「マンガ学」)
  • PMC (2021). Cross-Cultural Interplay of Visual Attention and Artistic Design in Comics.
  • MinneTESOL Journal (2018). Reading Comprehension through Graphic Novels.

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この記事を書いた人

手帳が続かない・考えすぎて動けない、そんな時期を何度も経験してきました。
手帳歴20年以上、GTD・振り返り・小さな習慣を実践しながら、少しずつ自分なりの整理術を見つけてきた人間です。
「頑張りすぎない改善」をテーマに、手帳・習慣化・心理・オカルト・日常の気になることを丁寧に発信しています。

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