【真実?】フィラデルフィアの霧に消えた軍艦:伝説と真実の記録【虚偽?】

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1943年10月、第二次世界大戦の嵐が吹き荒れる中、アメリカ、ペンシルベニア州フィラデルフィアの海軍造船所は、厳戒態勢のもと静まり返っていた。そこに停泊する一隻の護衛駆逐艦USSエルドリッジ(DE-173)の船体には、無数のケーブルと謎の巨大な発電機が取り付けられていた。伝説によれば、この日、アメリカ海軍は「レインボー・プロジェクト」と呼ばれる極秘実験を開始したとされる。その目的は、艦船をレーダーや目視から完全に消し去るという、まさにSFのようなものだったという 。この物語は、ニコラ・テスラの考案した「テスラコイル」の原理に基づいていると語られ、後に数々の映画作品のモチーフとなった

実験が始まると、エルドリッジは奇妙な緑がかった霧に包まれ、やがてその姿はレーダーからも、そして目視からも完全に消失したとされている 。さらに伝説は、この艦船が驚くべきことに、360キロメートルも離れたバージニア州ノーフォークのドックに瞬間移動し、数分後に再びフィラデルフィアに戻ってきたと語る 。しかし、物語の結末は英雄的なものではなかった。帰還した船員たちは、金属の船体に体が埋め込まれてしまうという恐ろしい末路を辿ったり、精神に異常をきたしたりしたとされる 。この信じられないような出来事は、政府の徹底的な情報統制によって闇に葬られたというのだ。

この壮大で悲劇的な物語は、どこまでが真実で、どこからが作り話なのだろうか。本稿では、この伝説の起源をたどり、物語のベールを剥がし、史実と科学の光を当てて、その隠された真実を明らかにしていく。この物語が、どのようにして人々の間で語り継がれてきたのか、その伝播のプロセス自体が、この伝説が持つ魅力を物語っている。単に事実を羅列するのではなく、まず伝説の核心を最大限に魅力的な形で語ることは、その後の事実解明のパートへの動機付けとなる。この手法は、伝説がいかにして人々の心に深く入り込んでいったかを、読者自身に追体験させることを意図している。

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伝説の誕生:手紙が紡いだ真実の糸

フィラデルフィア実験という壮大な物語は、政府の公式記録 や新聞記事 から始まったわけではなかった。その起源は、1955年の冬、UFO研究家として知られるモーリス・K・ジェサップのもとに、一通の手紙が届いたことから始まる。手紙の差出人は、カルロス・ミゲル・アレンデ(カルロス・アレンデ)と名乗る人物だった

アレンデの手紙は、ジェサップの著書『UFOの事例』に触れつつ、1943年のフィラデルフィアでの極秘実験について詳細に語っていた。そこには、アルバート・アインシュタインの「統一場理論」を応用して、護衛駆逐艦を不可視化し、瞬間移動させる実験が行われたという驚くべき内容が綴られていた。彼は、自身が当時、近くに停泊していた民間商船SSアンドリュー・フルーセス号の船員として、この事件を目撃したと主張した 。手紙はさらに、実験の副産物として、多くの船員が精神的な障害を負ったり、船体と物理的に融合したりする悲劇的な結末についても言及していた

その数年後、アレンデはさらに不可解な行動に出る。彼は、ジェサップの著書に手書きのメモをびっしり書き込み、匿名で海軍研究局(ONR)に送りつけたのだ。海軍から呼び出されたジェサップは、そのメモの筆跡がアレンデの手紙と一致することに気づいた 。しかし、この情報源は極めて脆弱なものだった。アレンデは後に「ジェサップを怖がらせようと思って、全部でっち上げた」と告白している 。この虚言に翻弄されたジェサップは、精神的に追い詰められ、最終的に自殺という悲劇的な結末を迎えてしまった

このフィラデルフィア実験の物語は、情報源の脆弱性が、いかにして大衆の好奇心に火をつけ、一つの権威的な情報として扱われうるかを示す、典型的な事例である。アレンデという匿名の人物が、たった一通の手紙で流布した情報が、その後の数十年にわたる都市伝説の核心となった。この構図は、現代におけるフェイクニュースや陰謀論の拡散プロセスと驚くほど酷似している。情報源が不明確、または意図的に虚偽を流布する人物であるにもかかわらず、その情報が一人歩きして大きな物語を形成していく。フィラデルフィア実験は、情報源の脆弱性と、それに翻弄された人々の悲劇を象徴する、歴史的なケーススタディと言える。

航海日誌の沈黙:史実が語る真実の欠落

米海軍は、フィラデルフィア実験の存在を公式に否定しており、この伝説に関する公式記録は一切存在しないと明言している 。伝説で語られる「事実」は、USSエルドリッジの公式記録と完全に矛盾していることが、徹底的な調査によって明らかになっている。

伝説の中心となる護衛駆逐艦USSエルドリッジ(DE-173)は、1943年8月27日にニューヨーク海軍造船所で就役した 。海軍歴史遺産コマンドが保管する同艦の公式記録(デッキログと戦争日誌)は、就役から1943年12月までの詳細な航路を記録している

  • 1943年8月27日:ニューヨーク海軍造船所で就役。
  • 1943年9月16日:ニューヨークからバミューダへ航海。
  • 1943年9月18日~10月15日:バミューダ近郊で訓練と海上公試。
  • 1943年10月18日:ニューヨークへ帰港。伝説が起きたとされる10月28日を含むこの期間中、エルドリッジはニューヨークに停泊しており、フィラデルフィアには一度も寄港していない 。
  • 1943年11月1日:ニューヨークを出港し、カサブランカへ向かう船団の護衛任務を開始。

さらに、伝説ではエルドリッジの瞬間移動を目撃したとされる民間商船SSアンドリュー・フルーセス号の航海記録も調査された。公式記録によると、同艦は1943年10月25日にノーフォークを出港し、地中海へ向かっており、伝説の期日にはノーフォークにもフィラデルフィアにもいなかったことが判明している

伝説は、日時や艦船名といった極めて具体的な情報で構成されている。この「具体性」が、あたかも実際にあったことであるかのような錯覚を読者に与える。しかし、皮肉なことに、この具体的さこそが、後世の徹底的な検証を可能にし、伝説の嘘を暴く決定的な証拠となった。以下の表は、その矛盾を視覚的に示している。

項目伝説の主張公式記録(USSエルドリッジ)
日時1943年10月28日1943年8月〜12月
場所フィラデルフィア海軍造船所ニューヨーク、バミューダ、大西洋
主な活動不可視化・瞬間移動実験訓練、船団護衛任務
目撃者SSアンドリュー・フルーセス号航海記録に記載なし

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項目伝説の主張公式記録(SSアンドリュー・フルーセス)
日時1943年10月28日1943年10月25日出港
場所ノーフォーク、フィラデルフィア大西洋(地中海へ向かう航海中)
主な活動エルドリッジの瞬間移動を目撃船団護衛(UGS-22)に参加

この表が示すように、伝説の根幹をなす具体的な要素は、公式記録と完全に矛盾している。物語の「リアリティ」を高めるための試みが、最終的にはその虚偽性を暴く鍵となった。これは、情報伝達における興味深いパラドックスである。

科学の真実:不可視化と消磁の狭間

伝説は、エルドリッジの「不可視化」が、アインシュタインの統一場理論に基づき、巨大な電磁場を発生させることで、光を船体の周囲に曲げ、姿を消したと主張している 。しかし、当時の物理学はおろか、今日の科学をもってしても、大型の物体を完全に不可視化する「クローキング技術」は実現できていない 。現在の研究は、電波を吸収・反射させる特殊な塗料や形状を用いるステルス技術 に焦点を当てているが、これは伝説のような肉眼での不可視化とは全く異なる概念である。

この伝説の科学的な根拠は、第二次世界大戦中に海軍が実際に行っていた「消磁(Degaussing)」という技術の誤解が基盤となっている可能性が高い 。この技術は、敵の磁気機雷から船体を保護するため、船が地磁気によって帯びる磁気的な痕跡を低減させることを目的としていた

消磁のプロセスは、船体に電磁コイルやケーブルを巻きつけ、強力な交番磁界を印加して船体の磁気を打ち消すというものだった 。この光景は、科学的な知識を持たない目撃者にとっては、巨大な発電機と無数のケーブルが船体を覆い、奇妙な光を放つ、謎めいた実験に見えたことだろう。この「知覚された」現象が、その真の目的を知らない人によって、想像力によって「不可視化」という、よりドラマチックな物語に転化されたと考えられる。秘密裏に行われた科学技術は、その目的が知られないがゆえに、目撃者の想像力によって全く異なる、より魅力的な物語に転化する。これは、陰謀論が生まれる典型的なパターンである。

以下は、この伝説と現実の科学技術との間にある大きな隔たりを明確に示している。

項目伝説の主張科学的事実
技術の目的肉眼およびレーダーからの不可視化 磁気機雷から身を守るための船体の磁気痕跡低減(消磁)
主要な効果完全な消失、瞬間移動磁気的な「見えにくさ」の実現
船員への影響身体の融合、精神的な異常 物理的に不可能であり、記録も存在しない
理論的根拠アインシュタインの統一場理論 当時、実用化できるレベルになかった概念
実際の技術未知の超科学当時存在した「デガウシング」技術

この表は、伝説の要素が、いかに現実の技術や科学的事実と乖離しているかを明確に示している。フィラデルフィア実験の物語は、単なる誤解から生まれただけでなく、その信じがたい主張を補強するために、科学的な用語や概念が都合よく援用されている。

伝説の再創造:小説と映画が紡いだ物語

フィラデルフィア実験の伝説が根強く語り継がれている最大の理由は、その起源であるアレンデの手紙や、真実の欠落にあるわけではない。それは、ポップカルチャーによる再創造の力に他ならない

1984年に公開されたSF映画『フィラデルフィア・エクスペリメント』は、この都市伝説に新たな生命を吹き込んだ。この映画は、オリジナルの伝説にはなかった「タイムスリップ」という要素を大胆に導入し、物語をよりスリリングなものへと昇華させた 。さらに映画は、失踪した兵士が1984年の現代にタイムスリップし、地球を救うために奔走するという、よりドラマチックなプロットを付け加えた

この映画の成功により、多くの人々が「フィラデルフィア実験」と聞いて思い浮かべるのは、もはやアレンデの手紙が語る物語ではなく、映画が作り上げたプロットそのものとなった。ポップカルチャーは、元の伝説を上書きし、新たな「真実」として人々の記憶に定着させたのだ。これは、事実に基づかない情報が、いかにして映画や小説といったメディアを通じて、社会的な「真実」として受け入れられるかを示す完璧な事例である。事実検証の努力は、常に大衆の心をつかむ魅力的なフィクションの後塵を拝することになる。フィラデルフィア実験の物語は、娯楽が事実よりも優先される現代社会のメディアの性質を浮き彫りにする。

結び:語り継がれる“真実”の力

フィラデルフィア実験は、歴史的事実ではない。それは、一つの誤解と一つの虚言から始まり、ポップカルチャーによって強化され、人々の想像力の中で生き続ける現代の神話である。米海軍の公式記録を精査すれば、エルドリッジ号はフィラデルフィアにもノーフォークにもいなかったことは明らかであり、伝説の核心は崩壊する。

それでもなお、なぜ私たちは、この荒唐無稽な物語にこれほどまでに魅了されるのだろうか? それは、政府の秘密主義への根深い不信、未解明な科学技術への憧れ、そして何よりも「語るに値する物語」を求める私たちの根源的な欲求に触れているからだ。フィラデルフィア実験は、実際に何が起こったかではなく、私たちが何が起こってほしいと願っているか、その願望を映し出す鏡である。

謎めいた科学、英雄的な実験、そして恐ろしい結末。フィラデルフィアのドックで本当に消えたのは、軍艦ではなく、私たち自身の理性を縛る事実の鎖だったのかもしれない。伝説は、真実が何であるかに関わらず、物語の力が持つ不朽の魅力を私たちに語りかけているのである。

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