目が覚めた瞬間、たしかに何かとても鮮明な夢を見ていたはずなのに、ベッドから起き上がって顔を洗う頃にはもう内容を思い出せない。そんな経験は、ほとんどの人にあるのではないでしょうか。
「夢はなぜこんなに早く消えてしまうのか」という問いは、実は数十年にわたって海外の睡眠研究者や神経科学者たちが取り組んできたテーマです。そしてここ十数年で、フランスやスイス、アメリカの研究チームによって、その仕組みがかなり具体的にわかってきました。
この記事では、日本のブログではあまり紹介されていない海外の学術研究をもとに、夢がなぜすぐに記憶から消えてしまうのかを、専門用語をできるだけ避けながらわかりやすく解説していきます。最後には、少しでも夢を覚えておくためのヒントも紹介します。
私たちは夢の大半を、すでに失っている
まず知っておきたいのは、夢を忘れるという現象がどれほど当たり前で、かつ大規模に起きているかということです。
米国ハーバード大学医学部の夢研究者であるディアドラ・バレット氏は、夢の記憶にもっとも強く関係している要因は「その日どれだけ長く眠ったか」だと説明しています。夢の多くはレム睡眠と呼ばれる段階で見られますが、レム睡眠は一晩の中でも眠りはじめより後半になるほど長くなっていく性質があります。
具体的には、眠りに入った直後の最初のレム睡眠はわずか数分程度しかありませんが、8時間しっかり眠った場合、一晩を通じたレム睡眠の合計時間は20分ほどにまで伸びていきます。つまり睡眠時間が6時間程度に短くなると、8時間眠った場合と比べてレム睡眠の量が半分以下になり、それだけ夢を見ている時間そのものが減ってしまうのです。
これは「夢を覚えていない=自分は夢を見ない人間だ」という思い込みが、必ずしも正しくないことを示しています。実際には誰もが毎晩何度も夢を見ていますが、その大部分は目が覚める前に、記憶として残らないまま消えていっているのです。
目覚めの一瞬に起きている「脳内物質のスイッチ」
では、なぜレム睡眠中に見た夢は、こんなにも記憶に残りにくいのでしょうか。ここで重要になってくるのが、脳内の神経伝達物質のバランスです。
2017年に学術誌『Behavioral and Brain Sciences』に掲載された研究によると、レム睡眠中の脳は少し不思議な状態になっています。アセチルコリンという、脳を覚醒に近い活発な状態にする物質は、レム睡眠中も通常の覚醒時と同じくらいのレベルまで戻っています。だからこそ、レム睡眠中の夢はあれほど鮮明でリアルに感じられるわけです。
ところが、記憶を定着させるうえで重要な役割を果たすノルアドレナリン(ノルエピネフリン)という物質は、レム睡眠中は低いレベルのまま留まっています。つまり「脳は活発に活動しているのに、記憶を固定するための物質は出ていない」という、ちぐはぐな状態が起きているのです。研究者たちは、この特殊な組み合わせこそが、夢が記憶として残りにくい大きな理由のひとつではないかと考えています。
たとえるなら、高性能なビデオカメラで撮影はしているのに、録画ボタンを押し忘れているような状態です。体験そのものは確かに起きているのに、それを後から見返すための「記録」がうまく作られていないのです。
記憶の司令塔・海馬が「オフライン」になっている
夢が記憶に残りにくいもうひとつの大きな理由は、脳の中で記憶の整理と保存を担当している「海馬」という部位の働きにあります。
フランスのリヨン神経科学研究センターの研究グループによれば、レム睡眠中は海馬が通常のようにはしっかりと機能していない状態にあります。私たちが日中に何かを記憶するときは、海馬が新しい情報を一時的に受け止め、それを整理して長期記憶へと橋渡しする役割を果たしています。しかしレム睡眠中はこの回路がうまく働いていないため、夢の内容がそのまま「保存すべき記憶」として扱われにくいのです。
この点について研究者たちが提唱している考え方に「覚醒-検索モデル(arousal-retrieval model)」と呼ばれるものがあります。これは、夢の内容を長期的な記憶として保存するには、脳がいったん覚醒した状態になる必要がある、という考え方です。逆にいえば、深い眠りのまま夢を見て、そのまま次の夢や睡眠段階に移ってしまうと、その夢はほぼ確実に記憶に残らないということになります。
夜中に何度も目が覚める人ほど夢をよく覚えている、という経験則がありますが、これはこの覚醒-検索モデルとも一致しています。海馬が本格的に働くためには、脳がいったん「起きている状態」に近づく必要があるというわけです。
脳は夢を「うっかり忘れる」のではなく「あえて消して」いた
ここまでは、夢が記憶に残りにくい「消極的な理由」でした。しかし2019年、アメリカの学術誌『Science』に掲載されたある研究が、まったく違う角度からこの謎に光を当てました。
筑波大学の研究者らを含む国際共同研究チームが、マウスを使った実験で、視床下部という脳の部位にある「MCHニューロン」と呼ばれる神経細胞が、レム睡眠中にオンになることを発見したのです。この神経細胞は海馬に直接つながっており、活性化すると海馬が新しい情報を記憶として定着させる働きを抑え込むことがわかりました。
つまりこの研究が示しているのは、夢を忘れるのは単に「記憶する仕組みが手薄になっているから」だけではなく、脳が能動的に「これは記憶として残さなくていい」と判断し、意図的にブレーキをかけている可能性がある、ということです。
米国国立衛生研究所(NIH)の発表では、研究チームのコメントとして、レム睡眠中に活性化するこのMCHニューロンの働きが、夢の内容が海馬に保存されるのを防ぎ、結果として夢がすぐに忘れられる一因になっているのではないか、という見解が紹介されています。
この発見が重要なのは、「忘却」というものを単なる記憶力の欠陥としてではなく、脳が持つひとつの積極的な機能として捉え直している点です。私たちの脳には、記憶する仕組みだけでなく、あえて記憶させない仕組みも備わっているのかもしれません。
夢をよく覚えている人と、ほとんど覚えていない人は何が違うのか
「自分は夢をほとんど覚えていないタイプだ」という人もいれば、「毎朝のように鮮明な夢を覚えている」という人もいます。この個人差についても、興味深い研究があります。
フランス国立保健医学研究機構(INSERM)のペリーヌ・リュビー氏の研究チームは、夢をよく覚えている人(ハイ・リコーラー)と、あまり覚えていない人(ロー・リコーラー)の脳活動をPET(陽電子放出断層撮影)で比較しました。その結果、夢をよく覚えている人は、覚醒時にも睡眠中にも、側頭頭頂接合部(TPJ)と内側前頭前野(mPFC)という脳部位の活動が、そうでない人よりも高いことがわかりました。
TPJは外部からの刺激に注意を向ける働きに関わる部位で、この部位の活動が高い人ほど、睡眠中も物音などの外的刺激に反応しやすく、夜間に目を覚ましやすい傾向があることも同じ研究チームによって報告されています。実際、夢をよく覚えている人は、あまり覚えていない人に比べて、睡眠中に目が覚める回数がおよそ2倍にもなるというデータもあります。
先ほど紹介した「覚醒-検索モデル」を踏まえると、これは筋の通った説明になります。夜中に頻繁に、ごく短い時間でも意識が覚醒に近づく人ほど、その都度、海馬が夢の内容を記憶として拾い上げるチャンスが増える、というわけです。
さらに2018年に学術誌『Frontiers in Psychology』に発表された同グループの研究では、夢をよく覚えている人ほど内側前頭前野の白質(脳の中で情報を伝達する神経線維の集まり)の密度が高いという、脳の構造そのものに関わる違いも報告されています。夢をよく覚えているかどうかは、単なる性格や気の持ちようの問題ではなく、脳の機能的・構造的な個人差に根ざしている可能性が高いのです。
「見た夢」と「覚えている夢」はまったく別の現象だった
ここまでの内容を踏まえると、ひとつの大きな疑問が浮かびます。「夢を覚えていない朝」は、そもそも夢を見ていなかったのでしょうか、それとも見てはいたけれど忘れてしまっただけなのでしょうか。
この問いに正面から挑んだのが、スイス・ローザンヌ大学病院のフランチェスカ・シクラリ氏らの研究チームです。2017年に学術誌『Nature Neuroscience』に発表されたこの研究では、32人の被験者に高密度脳波計(頭に多数の電極をつけて脳の電気活動を細かく記録する装置)を装着してもらい、一晩を通じてランダムなタイミングで200回以上起こし、その都度「夢を見ていたか」「何の夢だったか」を報告してもらうという、非常に手間のかかる実験が行われました。
その結果、脳の後方領域、具体的には視覚野や楔前部、後帯状皮質といった部位を含む一帯に、夢を見ているかどうかと強く連動する特徴的な脳波パターンが見つかりました。研究チームはこの領域を「ホットゾーン」と名付けています。夢を見ているときはこの領域の低周波の脳波活動が下がり、逆に夢を見ていないときは同じ領域の低周波活動が上がる、という明確な対応関係が確認されたのです。
さらに驚くべきことに、この脳波パターンを分析するだけで、本人が起こされる前にすでに「夢を見ていたかどうか」をかなりの精度で予測できることもわかりました。夢を見ていなかったことを81パーセントの精度で、夢を見ていたことを92パーセントの精度で当てられたと報告されています。
これが意味するのは、「夢をまったく覚えていない」という状態と「そもそも夢を見ていなかった」という状態は、脳波の上では区別できるということです。つまり、朝起きて何も覚えていないと感じるときでも、脳はその夜、実際にはいくつもの夢を「体験」していた可能性が高いのです。私たちが「忘れた」と感じているものの正体は、夢そのものの不在ではなく、夢という体験と、それを覚えている記憶とのあいだにある大きな溝なのだといえます。
「忘れること」は失敗ではなく、脳の合理的な選択かもしれない
ここまで紹介してきた研究を踏まえると、夢を忘れることは決して脳の欠陥や失敗ではなく、むしろ理にかなった仕組みなのではないかという見方ができます。
『Scientific American』に寄稿しているバレット氏は、夢というものを、集中した論理的な思考と、心がぼんやりとさまよう「マインドワンダリング」との間にある連続的なスペクトラムの、もっとも自由で発想が飛躍しやすい端に位置づけています。そして、こうした自由連想的な思考は、そもそも覚えておくのが難しい性質のものだと指摘しています。試しに、今朝歯を磨いていたときに頭の中で何を考えていたか、正確に思い出せるでしょうか。おそらく多くの人が難しいと感じるはずです。夢だけでなく、私たちが日中に浮かべては消えていく無数の思考の大半も、実は同じように忘れ去られているのです。
私たちの脳には毎日、膨大な量の情報が流れ込んできます。もしそのすべてを記憶しようとしたら、脳はあっという間に情報過多になってしまうでしょう。先ほど紹介したMCHニューロンの研究者たちも、この神経回路の役割について、新しく入ってくる、おそらくは重要度の低い情報を脳が積極的に忘れるのを助けている可能性がある、という見解を示しています。
つまり夢を忘れることは、限られた記憶容量を有効に使うために、脳がいらないものを日々仕分けしている作業の一部なのかもしれません。夢が消えてしまうことに少しさみしさを感じる人もいるかもしれませんが、それは脳が正常に、そして効率よく働いている証拠でもあるのです。

夢を少しでも覚えておきたい人へ、研究からわかる実践のヒント
とはいえ、印象に残る夢や、大切にしたい夢を少しでも記憶に留めておきたいと感じる人も多いはずです。ここまで紹介してきた研究をヒントに、実践できる工夫をいくつか挙げてみます。
まず何より重要なのは、目が覚めた直後、できるだけ体を動かさずにその場で夢の内容を反芻することです。覚醒-検索モデルの考え方に基づけば、夢の記憶は目覚めた瞬間から急速に薄れていきます。海外の睡眠研究者の間では、この記憶が失われるまでの猶予はごく短く、数十秒から数分程度しかないとも言われています。スマートフォンを見たり、時計を確認したりする前に、まずは目を閉じたまま「さっきまで何が起きていたか」を頭の中でたどり直す習慣をつけると効果的です。
次に、枕元にノートやボイスメモの準備をしておくことです。思い出した内容は、できるだけ早く、断片的でもよいので書き留めたり録音したりしましょう。多くの睡眠研究者が、いわゆる「夢日記」の習慣づけを、夢の記憶を保つための代表的な方法として挙げています。
また、目覚まし時計で無理やり起こされるよりも、自然に近い形で目が覚めたときの方が、夢を思い出しやすい傾向があります。これは、リヨンの研究チームが示した「夜間に自然な覚醒が多い人ほど夢をよく覚えている」というデータとも符合します。可能であれば、睡眠時間そのものを少し長めに確保することも、レム睡眠の量を増やし、結果的に夢を覚えている可能性を高めることにつながります。
最後に、睡眠不足を避けることも大切です。バレット氏が指摘するように、夢の記憶にもっとも強く関係するのは総睡眠時間です。慢性的な寝不足は、そもそも夢を見る時間そのものを削ってしまいます。
まとめ 消えていく夢のなかに、それでも私たちが夢を見続ける理由
夢がすぐに消えてしまう理由を、海外の研究から見てきました。レム睡眠中は記憶を固定するノルアドレナリンが不足していること、記憶の司令塔である海馬が本来の力を発揮できていないこと、さらには脳の中にMCHニューロンという「忘れさせる」ための専用の仕組みまで備わっていること。これらが幾重にも重なり合って、私たちは毎晩見ているはずの夢のほとんどを、目覚めるころにはすでに手放してしまっているのです。
そして何より興味深いのは、フランチェスカ・シクラリ氏らの研究が明らかにした、「夢を見ること」と「夢を覚えていること」がまったく別の現象だという事実です。朝起きて何も覚えていないと感じるそのときにも、脳の中では確かに何かが体験され、そしてそっと手放されています。
忘れることは、失敗でも欠陥でもありません。むしろそれは、限りある記憶の容量を賢く使うために、脳が日々こなしている静かな仕事の一部です。それでも私たちの脳は、毎晩欠かさず夢を見続けています。たとえそのほとんどが記憶に残らないとしても、眠っている間、私たちの心はずっと何かを感じ、考え、物語をつむぎ続けているのです。消えてしまう夢のはかなさこそが、実は脳がいかに豊かに働き続けているかを物語っているのかもしれません。
参考文献・参照元
- Barrett, D. (interview), “Why Do We Forget So Many of Our Dreams?”, Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/why-do-we-forget-so-many-of-our-dreams1/ - “Why Do Memories of Vivid Dreams Disappear Soon After Waking Up?”, Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/why-do-memories-of-vivid-dreams/ - “Why Can’t We Remember Our Dreams?” (2017年 Behavioral and Brain Sciences掲載研究の紹介), Live Science
https://www.livescience.com/62703-why-we-forget-dreams-quickly.html - Izawa, S. et al. (2019). “REM sleep-active MCH neurons are involved in forgetting hippocampus-dependent memories.” Science. DOI: 10.1126/science.aax9238
- “The brain may actively forget during dream sleep”, National Institutes of Health (NIH) / NINDS
https://www.nih.gov/news-events/news-releases/brain-may-actively-forget-during-dream-sleep - Eichenlaub, J-B., Nicolas, A., Daltrozzo, J., Redouté, J., Costes, N., Ruby, P. (2014). “Resting Brain Activity Varies with Dream Recall Frequency Between Subjects.” Neuropsychopharmacology, 39, 1594–1602.
https://www.nature.com/articles/npp20146 - Vallat, R., Eichenlaub, J-B., Nicolas, A., Ruby, P. (2018). “Dream Recall Frequency Is Associated With Medial Prefrontal Cortex White-Matter Density.” Frontiers in Psychology.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6171441/ - “Why does the brain remember dreams?”, Inserm Newsroom / EurekAlert
https://presse.inserm.fr/en/why-does-the-brain-remember-dreams/53057/ - Siclari, F., Baird, B., Perogamvros, L., Bernardi, G., LaRocque, J.J., Riedner, B., Boly, M., Postle, B.R., Tononi, G. (2017). “The neural correlates of dreaming.” Nature Neuroscience, 20, 872–878. DOI: 10.1038/nn.4545
https://www.nature.com/articles/nn.4545 - “‘Hot zone’ highlights the dream center of the brain”, New Atlas
https://newatlas.com/hot-zones-brain-activity-dreaming/48925/

