プロローグ:あの日の興奮はどこへ消えたのか
発売日の朝、開店前のゲームショップに並んだあの日。手に入れた新作ゲームのパッケージを握りしめ、家路を急いだあの高揚感。コントローラーを握る手が震えるほどの期待——
そんな子供時代を過ごした多くの大人が、今こんな経験をしている。
「楽しみにしていた新作を買ったのに、30分で飽きてしまった」 「昔は徹夜でプレイしていたシリーズなのに、今は1時間も続かない」 「ゲームを起動することすら面倒に感じる」
私自身も、つい先日この現象を痛感した。20数年ぶりにリメイクされた思い出のRPG。発売日に購入し、仕事から帰って意気揚々とプレイを始めたのに、わずか40分で「なんか疲れた…」と感じてしまったのだ。
なぜ大人になると、ゲームが楽しめなくなるのか?一方で、大人になってもゲームを心から楽しんでいる人たちがいるのはなぜなのか?
心理学的研究と自分自身の体験を通して、この謎に迫ってみよう。
第1章:「フロー状態」の消失 – 科学が解明する楽しさの正体
ゲームの楽しさとは何か?
心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー理論」によれば、フロー状態は「集中力と注意力の高度な集中を伴う、快感の感覚を伴った活動への強烈な関与」として定義される。
フローが発生すると、プレイヤーは高いレベルの関与、エンゲージメント、ゲームへの集中を経験し、同時に時間を忘れてしまうのだ。
子供の頃にゲームに夢中になったあの感覚——時間を忘れ、周囲の音も聞こえなくなり、ゲームの世界に完全に没入していたあの体験こそが、フロー状態だったのである。
大人がフロー状態に入りにくい理由
研究によると、フロー状態に入るためには以下の条件が必要だ。
- 明確な目標設定
- 即座のフィードバック
- スキルと挑戦のバランス
- 完全な集中
- 時間感覚の変容
しかし、大人になると以下の要因でこれらの条件が満たされにくくなる。
1. 認知的負荷の増加
大人の脳は常に多くのことを考えている。仕事の締切、家族の予定、将来への不安——これらの「背景思考」がゲームへの集中を阻害する。
私の体験談で言えば、あのRPGをプレイ中も頭の片隅では「明日のプレゼン資料、まだ完成していないな」「洗濯物を干さなければ」といった雑念が絶えず浮かんでいた。
2. 時間的制約の認識
子供の頃は時間が無限にあるように感じられたが、大人になると「限られた時間をゲームに使うべきか?」という効率性への疑問が生まれる。
この「時間コスト意識」がゲームへの没入を妨げるのだ。
3. 報酬系の変化
注意散漫な動機でのゲームプレイは、より高い症状評価、低い自尊心、よりネガティブな感情と関連していたという研究結果がある。
大人になると、ゲームを「現実逃避」や「時間つぶし」として捉えがちになり、純粋な楽しみを求める動機が薄れてしまうのだ。
第2章:アンヘドニア(快感消失)- 大人を襲う無気力の正体

「アンヘドニア」という現象
アンヘドニアは、楽しみ、動機、興味がほぼ完全に失われる状態を表す深刻な症状である。うつ病の中核症状の一つとして知られているが、健康な大人でも軽度のアンヘドニア傾向を示すことがある。
現代社会のストレス、慢性的な疲労、単調な日常ルーティンが、私たちの「楽しむ能力」を徐々に削り取っているのかもしれない。
実体験:なぜあのゲームが楽しめなかったのか
先ほど触れた20数年ぶりのRPGリメイク。当時は100時間以上プレイし、攻略本まで買い込んだ思い出深い作品だった。
しかし、大人になって再プレイしたとき、以下のような思考が頭を巡った。
「このレベル上げ、こんなに時間がかかったっけ?」 「ストーリー展開、覚えているから先が読める」 「グラフィックは綺麗になったけど、本質的には同じゲーム」 「この時間で読書や勉強をした方が有益なのでは?」
これらの「大人の思考」が、純粋なゲーム体験を阻害していたのだ。
第3章:楽しめる大人と楽しめない大人の決定的違い
研究から見える「楽しめる大人」の特徴
仮想世界で社会的関係を築くためにプレイする人は、より多くのオンライン接続とプレイ中のより多くのポジティブな感情と関連していたという研究結果がある。
つまり、ゲームを楽しめる大人には以下の共通点がある。
1. 内発的動機を持っている
- 「達成したい目標」がある
- 「学びたいスキル」がある
- 「体験したいストーリー」がある
2. ソーシャル要素を重視する
- 友人との協力プレイ
- オンラインコミュニティへの参加
- 共有体験の創出
3. マインドフルネスを実践している
- 今この瞬間のプレイに集中する
- 他の心配事を一時的に手放す
- ゲーム時間を「自分のための時間」として大切にする
実際に会った「楽しめる大人」たち
私の周りにも、40代になってもゲームを心から楽しんでいる友人がいる。
Aさん(42歳、会社員)の場合: 「格闘ゲームで全国大会を目指している。毎日30分だけだけど、その時間は完全にゲームモード。仕事のことは一切考えない。目標があると、大人になってもワクワクできる」
Bさん(38歳、主婦)の場合: 「子供と一緒にゲームをすることで、親子の時間を大切にしている。子供の反応を見ているだけで楽しい。ゲームは家族のコミュニケーションツール」
彼らに共通しているのは、ゲームに「明確な意味と価値」を見出していることだ。
第4章:大人がゲームを楽しむための実践的アプローチ
1. 環境設定の重要性
物理的環境:
- スマートフォンを別の部屋に置く
- 時計を見えない位置に移動する
- 快適な照明と座り心地の良い椅子を用意する
心理的環境:
- 「この1時間は自分のための時間」と決める
- 罪悪感を持たない
- 他のタスクは一時的に忘れる
2. ゲーム選択の戦略
短時間で満足感を得られるゲーム:
- パズルゲーム(テトリス、パズル&ドラゴンズなど)
- アクションゲーム(スーパーマリオシリーズなど)
- 音楽ゲーム(太鼓の達人、ビートセイバーなど)
明確な目標設定があるゲーム:
- スコアアタック系
- タイムアタック系
- 収集要素のあるゲーム
3. 社会的要素の活用
オンライン協力プレイ: 同世代の友人と定期的にオンラインゲームを楽しむ
地域コミュニティへの参加: ゲームセンターやボードゲームカフェでの交流
家族との共有体験: 子供や配偶者と一緒に楽しめるゲームを選ぶ
4. マインドフルネス・ゲーミング
私が最近実践している方法…
- プレイ前の儀式
- 深呼吸を5回する
- 「今から1時間は完全にゲームタイム」と心の中で宣言
- 他の心配事を紙に書き出して「後で考える」リストに入れる
- プレイ中の意識
- BGMや効果音に意識的に耳を傾ける
- キャラクターの動きや表情の変化を観察する
- 自分の感情の変化に気づく
- プレイ後の振り返り
- 楽しかったポイントを3つ言語化する
- 次回のプレイへの期待を抱く
実践結果:私の変化
この方法を1ヶ月続けた結果、以下の変化があった。
- ゲームプレイ時間は1日30分程度だが、満足度が大幅に向上
- 仕事中にゲームのことを考えて集中力が散漫になることがなくなった
- 「ゲームをやっている場合じゃない」という罪悪感が消失
- むしろゲーム時間が良いリフレッシュになり、仕事効率が向上
第5章:それでも楽しめない場合の対処法
「無理に楽しもうとしない」という選択
ここで重要な視点を提示したい。大人になってゲームが楽しめないのは、必ずしも「問題」ではないということだ。
人間の興味や価値観は年齢とともに変化する。子供の頃に夢中だったことに興味を失うのは、自然な成長過程かもしれない。
代替的な楽しみの発見
ゲームの代わりに以下のような活動に興味を移すのも一つの選択。
創造的活動:
- 写真撮影
- 料理
- DIY・手芸
学習活動:
- 読書
- 語学学習
- 楽器演奏
社会的活動:
- スポーツ
- ボランティア
- 地域活動
「卒業」を受け入れる勇気
私の友人の一人は、35歳で「ゲーム卒業宣言」をした。
「無理に昔の趣味を続ける必要はない。今は読書と登山の方が心から楽しめる。それでいいと思う」
この言葉は、私に大きな気づきを与えてくれた。

エピローグ:大人の楽しみ方、大人の在り方
大人になってゲームが楽しめなくなる現象を深掘りしてきたが、最終的に辿り着いたのは「楽しみ方の質的変化」という概念だった。
子供の頃の楽しみは、衝動的で無邪気で、時間を忘れるほど夢中になれるものだった。一方、大人の楽しみは、より意識的で、目的的で、自己選択に基づくものに変化していく。
大人がゲームを楽しむための3つの心得
- 自分を許す 昔のように何時間もプレイできなくても、それは成長の証拠
- 新しい楽しみ方を見つける 競技性、社会性、学習性など、大人ならではの付加価値を見出す
- 選択の自由を行使する 楽しめないなら無理に続けず、新しい趣味を探すのも立派な選択
私自身、この記事を書きながら気づいたことがある。あの20数年ぶりのRPGは、確かに40分で飽きてしまった。でも、その40分は無駄ではなかった。子供時代の記憶を呼び起こし、当時の純粋な気持ちを思い出させてくれた貴重な時間だった。
そして何より、この「楽しめなかった体験」が、今こうして一つの記事として昇華され、同じ悩みを持つ人との共有体験となっている。
これもまた、大人ならではの「楽しみ方」なのかもしれない。
参考資料:
- Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience
- McGonigal, J. (2011). Reality Is Broken: Why Games Make Us Better and How They Can Change the World
- 各種心理学研究論文(本文中に引用)
著者体験談について: 本記事の体験談は著者の実体験に基づいていますが、読者の皆様にも共通する普遍的な体験として描写しています。個人差があることをご理解ください。
最後に: もしこの記事を読んで「自分だけじゃなかったんだ」と感じた方がいたら、それだけでこの記事を書いた価値があります。大人になっても、いくつになっても、新しい楽しみを見つけ続けることはできる。そのことを、私たちは忘れずにいたいものです。

最近はちょこちょこ遊べるドット絵のゲームにハマってるよ

ドット絵のゲームは味わいがあって癒やされるよね
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