忘れることの効果とは?脳科学と心理学が教える「忘却」の正体と上手な付き合い方

「また忘れてしまった」と自分を責めた経験はありませんか?大切な約束を忘れたり、覚えておきたかった名前が出てこなかったり——忘れることは、多くの人にとって「失敗」や「能力の低下」を意味するものとして捉えられがちです。

しかし、最新の脳科学や心理学の研究が示すのは、まったく異なる事実です。

忘れることは、脳の「失敗」ではなく、健全な脳が行う「能動的なプロセス」である。

コロンビア大学アルツハイマー病研究センターのスコット・A・スモール医学博士は、著書『Forgetting: The Benefits of Not Remembering(忘れること:覚えないことの恩恵)』の中で、「ほとんどの人にとって、記憶の空白は正常なだけでなく、健全な脳が機能するために必要なことであり、記憶する能力と同じくらい重要だ」と述べています。

この記事では、「忘れること」をめぐる科学的な研究をひもときながら、忘却の本質、嫌な記憶がなかなか消えない理由、楽しい記憶が薄れやすい理由、そして忘れることとの上手な付き合い方までを、わかりやすく詳しく解説していきます。

目次

そもそも、人はなぜ忘れるのか?

忘却は「脳のゴミ処理システム」

人間の脳は、毎日膨大な量の情報にさらされています。ある研究によると、脳は1日に何十万もの情報のかけらを記録しているとされています——今朝、靴下をはいたときの感触、電車の中で隣に座っていた人のシャツの色、スーパーで流れていたBGM……。

これらすべてを記憶し続けることは、脳にとって非効率どころか、致命的な問題を引き起こします。

かつて科学者たちは、「忘却とは記憶メカニズムの受動的な崩壊であり、何の目的も果たさない」と考えていました。しかし、この10年ほどの研究で、この認識は根本から覆されました。

トロント大学のシーナ・ジョスリン教授は、「記憶の目的は、過去を振り返って『あのときのこと覚えてる?』と言うためではない。記憶の本当の目的は、私たちが意思決定を下すのを助けることだ」と説明しています。

つまり、忘却は「必要ない情報を選別して捨てる」という、脳の積極的な意思決定プロセスなのです。

忘却には「受動的な忘却」と「能動的な忘却」がある

科学的に見ると、忘却には大きく2種類あります。

受動的な忘却とは、時間の経過とともに自然に記憶が薄れていくことです。19世紀の心理学者ヘルマン・エビングハウスが発見した「忘却曲線」が有名で、学習した直後から急速に忘却が進み、その後は緩やかになっていきます。

能動的な忘却は、近年の研究で明らかになったより積極的なプロセスです。脳内のニューロンには「記憶のための分子メカニズム」と「忘却のための分子メカニズム」が別々に存在しており、脳は意図的に特定の情報を消去しようとします。スモール博士はこれを「脳の画期的な発見」と呼んでいます。

さらに、2022年にトリニティ・カレッジ・ダブリンのトマス・ライアン准教授とトロント大学のポール・フランクランド教授が発表した新理論では、「忘却は記憶の喪失というよりも、記憶へのアクセスが変化することによって起きる場合がある」とされており、私たちが「忘れた」と感じているものの一部は、実は脳の別の場所に保存されたままである可能性が示唆されています。

忘れることの効果と心理的影響

「忘れることは良いことだ」と言われても、直感的にはなかなか受け入れがたいかもしれません。しかし、科学はこの主張を力強く支持しています。

1. 意思決定の質が向上する

「忘れることの最大のメリットの一つは、意思決定能力の向上にある」と研究者たちは指摘します。

マギル大学などの研究者によるコンピュータモデルを使った実験では、古い記憶を一定量忘れることができる「強化学習エージェント」(AIシステム)は、すべての記憶を保持するシステムよりも迷路などの問題解決においてより良いパフォーマンスを発揮することが示されました。

なぜなら、古い・関連性の低い情報が意思決定の妨げとなるからです。10年前の経験が今日の判断に常に干渉してくるようでは、私たちは変化する環境に対応することができません。忘却によって「情報の鮮度」を保つことが、適切な判断を下すために欠かせないのです。

2. 創造性と学習能力が高まる

不要な情報を手放すことで、新しいアイデアや学びのための「スペース」が生まれます。

これはコンピュータのメモリに例えるとわかりやすいでしょう。ハードディスクがいっぱいになると処理速度が落ちるように、脳も不必要な情報で埋め尽くされると新しい情報を効率よく処理できなくなります。

スモール博士の著書では、著名な画家ジャスパー・ジョーンズへの訪問を通じて、忘却が芸術的な発想にどのような恩恵をもたらすかについても述べられています。アーティストが過去の作品や技法を「意識的に手放す」ことで、新しい表現が生まれてくることがあります。

3. 精神的な健康と感情的な回復力を支える

フロンティアズ(学術誌)に掲載された研究によれば、「能動的な忘却」は、心理的健康を守るための重要な能力です。

侵入的な記憶(頭の中に繰り返し浮かんでくる不快な記憶)は、PTSDや不安障害、うつ病などの心理的疾患の特徴的な症状のひとつです。これらの状態では、嫌な記憶を「うまく忘れる」という脳の機能が損なわれている可能性があることが、神経生物学的研究から示唆されています。

つまり、普段私たちが当たり前のように行っている「嫌なことをある程度忘れる」という能力は、精神的な健康を維持するための不可欠なメカニズムなのです。

4. 重要な情報の記憶が強化される

一見逆説的に思えますが、忘れることは「覚えておくべきことをより強く記憶する」助けになります。

心理学の実験(Bjork & Bjork, 1996年など)では、「テストに出ないと伝えられた情報(つまり、忘れてよいとされた情報)」は実際に記憶から薄れる一方で、「重要だと伝えられた情報」の記憶はより強固になることが示されています。脳は有限なリソースを、本当に必要な情報に集中して配分するのです。

嫌なことはなかなか忘れられないのはなぜ?

多くの人が「嫌なことほど頭に残る」と感じているはずです。これは決して気のせいではなく、進化と神経科学によって説明できる現象です。

ネガティビティ・バイアス:生存のための本能

人間の脳には、「ネガティビティ・バイアス(否定性バイアス)」と呼ばれる傾向があります。これは、ポジティブな体験よりもネガティブな体験に、より強く・より長く注目するという脳の特性です。

進化の観点から見ると、これは完全に理にかなっています。私たちの祖先にとって、危険(捕食者の縄張り、毒のある植物など)を鮮明に記憶しておくことは、文字通り「生死に関わる問題」でした。危険を忘れてしまえば、同じ過ちを繰り返して命を落とすリスクがあります。一方、楽しい体験を忘れても、すぐに命を脅かすことはありません。

こうして、人間の脳は何万年もかけて、ネガティブな体験を優先的に記憶するように進化してきたのです。

扁桃体と海馬の働き

神経科学的なメカニズムを見てみましょう。

嫌なことが起きると、脳の中の「扁桃体(へんとうたい)」という部位が活性化されます。扁桃体は「感情の警報システム」とも呼ばれ、恐怖・怒り・悲しみなどの強い感情に反応します。

扁桃体が活性化されると、記憶の「保存係」である「海馬(かいば)」と連携して、その体験を深く・鮮明に記憶として刻み込みます。感情が強ければ強いほど、記憶の「タグ付け」が強化されるのです。

これが、「ひどく恥ずかしい思いをした出来事」や「激しいケンカ」が、何年経っても鮮明に覚えている理由です。

反芻(はんすう)思考:記憶を強化するループ

さらに問題を複雑にするのが、嫌な体験に対して人が示す「反芻(ルミネーション)」という行動です。嫌なことがあったとき、私たちはなぜかその出来事を何度も何度も頭の中で繰り返す傾向があります。

「あのとき、なんであんなことを言ってしまったんだろう」「もっとうまく対処できたはずなのに」——こうした反芻は、記憶を繰り返し「再生」することで、記憶をより強固に保存させてしまいます。思い出すたびに記憶が「上書き保存」され、鮮明さを維持するのです。

2024年のイマオボン・オルソンによる研究でも、ネガティブな記憶がポジティブな記憶よりも鮮明で持続的・影響力が大きい傾向にあることが改めて確認されています。

なぜ楽しかったことや嬉しかったことは忘れがちなのか?

「先週の楽しい出来事はもうぼんやりしているのに、10年前の嫌な出来事は今でも鮮明に覚えている」——多くの人が経験するこの現象には、いくつかの科学的な理由があります。

ポジティブな記憶は「脅威」として認識されない

脳の視点から見ると、喜びや楽しさは「生存を脅かすもの」ではありません。そのため、脳はポジティブな体験を「緊急に保存すべき情報」とは判断せず、扁桃体はネガティブな体験ほど強く活性化されません。

感情的なタグ付けが弱ければ、記憶の定着も浅くなります。

「フェーディング・アフェクト・バイアス(FAB)」という心理現象

心理学では「フェーディング・アフェクト・バイアス(Fading Affect Bias:感情の減退バイアス)」と呼ばれる現象が知られています。これは、ネガティブな感情を伴う記憶の方が、ポジティブな感情を伴う記憶よりも早く「感情的な強度」が薄れていくという現象です(ただし、記憶の内容そのものではなく、それに伴う感情が薄れていくことを指します)。

一見、これはネガティブな体験の方が忘れやすいことを示すようにも見えますが、実際には記憶の「内容」は残りつつ「感情的な痛み」だけが薄れていくプロセスであり、ポジティブな記憶はそもそも感情的なタグが弱いため、記憶全体が淡くなりやすいのです。

「次の体験」へ向かう前向きさが記憶の定着を妨げる

人間は「もっと良いものを求めて前進する」という本能を持っています。良い体験をした後、私たちの意識はすぐに「次は何をしよう」「もっと楽しいことはないか」という方向に向かいます。

この前向きさは人間の強みですが、現在の幸福な体験を十分に「味わい、記憶に刻む」という作業を妨げてしまうことがあります。楽しい瞬間を十分に意識せずに流してしまうと、記憶の定着が浅くなるのです。

「浅いエンコーディング」:注意を向けないと記憶されない

楽しい時間ほど、私たちは「今この瞬間」よりも他のことに気を取られていることがあります——スマートフォンを見たり、次の予定を考えたり。記憶は、情報に注意を向けたときにより深く刻み込まれます(深いエンコーディング)。注意が分散していると、記憶の痕跡は浅くなります。

嫌なことを忘れるためにはどうすればいい?

「嫌な記憶を消去することはできるのか?」——この問いは、多くの研究者が取り組んできた重要なテーマです。現時点では「記憶を完全に消去する」ことは不可能に近いとされていますが、「記憶の感情的な力を弱める」ことは十分に可能です。

1. 記憶の「感情的な側面」からフォーカスをずらす

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のフロリン・ドルコス心理学教授らの研究チームは、2014年の研究で興味深い発見をしています。

嫌な出来事を思い出すとき、その出来事の「感情的な核心(最も嫌だった部分)」ではなく、「周辺の中立的なコンテキスト(そのとき誰がいたか、天気はどうだったか、場所の様子はどうだったか)」に意識を向けることで、記憶の感情的な強度が有意に低下することが示されました。

これは「記憶の映画」の中で、主役(嫌な出来事)ではなく背景(状況の細部)に目を向けるようなイメージです。この戦略は、不安や抑うつを抱える人にも効果的である可能性があるとされています。

2. 記憶の「再固定化」を活用する

記憶は固定されたものではなく、思い出すたびに「再固定化(再コンソリデーション)」というプロセスを経ます。思い出した記憶は一時的に不安定な状態になり、再び保存されます。

この特性を利用した技法が、心理療法の中で活用されています。嫌な記憶を穏やかな環境で意図的に思い出し、その際に「異なる感情的文脈」を与えることで、記憶が再保存されるときの感情的な強度を弱めることができると考えられています。

ただし、これは専門家のサポートのもとで行うことが最も効果的です。

3. コグニティブ・リアプレイザル(認知的再評価)

「認知的再評価」とは、嫌な出来事の「意味の解釈」を変えるアプローチです。「あの失敗は自分がダメだからだ」という解釈を、「あの失敗から〇〇を学んだ」と捉え直すことで、記憶に伴う感情的な反応が変わります。

これは単なる「ポジティブシンキング」ではなく、認知行動療法(CBT)の中核にある科学的なアプローチです。ただし、深刻なトラウマに対して一人で行うのは難しい場合があるため、専門家への相談も選択肢に入れることが大切です。

4. マインドフルネス瞑想

マインドフルネス(今この瞬間に意識を向ける実践)は、嫌な記憶が浮かんできたときに、それに飲み込まれることなく「ただ観察する」態度を育てます。記憶が浮かんでも、「これは過去の出来事であり、今ここにはない」と気づく能力が高まることで、感情的な反応が弱まります。

神経科学的な研究でも、定期的なマインドフルネス実践が扁桃体の過剰反応を抑え、感情調整を助けることが示されています。

5. ジャーナリング(書くことによる処理)

嫌な体験を文章に書き出すことは、記憶の「言語化」と「外在化」を促します。頭の中でグルグルと反芻していた記憶を紙の上に移すことで、感情的な強度が低下することがあります。

この技法は「表現的筆記療法」とも呼ばれ、心理学者ジェームズ・ペネベーカーらの研究によって、精神的・身体的健康への効果が広く実証されています。

6. 身体的なアプローチ

嫌な体験は「記憶」として脳に保存されるだけでなく、「身体感覚」としても蓄積される場合があります(体が緊張する、呼吸が浅くなるなど)。

ウォーキング、ヨガ、ストレッチ、深呼吸などの身体的な動きは、こうした身体に蓄積したストレス反応を解放するのに役立ちます。体と記憶は密接につながっているため、身体へのアプローチが心理的な回復にも有効です。

7. 意図的な忘却(ダイレクト・フォゲッティング)

認知科学の研究では、「意図的な忘却(Directed Forgetting)」という概念が研究されています。特定の記憶を「忘れようとする」意識的な試みは、実際にその記憶の想起しやすさを低下させることができると示されています。

ただし、「忘れようとすることで逆に思い出しやすくなる」という「ホワイトベア現象(皮肉プロセス理論)」も知られており、抑圧するのではなく「受け入れた上で手放す」というアプローチが重要です。

忘れることとの上手な付き合い方

科学が示す「忘却の知恵」を日常生活に活かすためには、どのような姿勢が大切でしょうか。

忘却を「失敗」ではなく「プロセス」として捉える

最も重要なマインドセットの転換は、「忘れること=失敗」という思い込みを手放すことです。脳が日常的に行っている情報の選別・整理こそが、私たちの思考力・判断力・創造力を支えています。

「また忘れた」と自分を責めるのではなく、「脳が必要な処理をしているのだ」という視点を持つことが、精神的な健康にも役立ちます。

ポジティブな記憶を「意識的に深く刻む」習慣

楽しいことや嬉しいことが忘れやすい理由として、「意識的な注意が向けられていない」という点がありました。逆に言えば、意識的に良い体験に注意を向け、それを深く味わうことで、ポジティブな記憶を強化することができます。

具体的な方法として、感謝日記(グラティテュード・ジャーナル)があります。毎日、良かったことを3つ書き留める習慣は、ポジティブな記憶の「エンコーディング」を深め、脳のネガティビティ・バイアスを少しずつ和らげることが研究で示されています。

「忘れてよい情報」は積極的に外部化する

デジタルカレンダー、メモアプリ、タスクリストなどを積極的に活用して、「覚えておかなくてよい情報」を脳の外に移すことは、脳の認知的負荷を減らし、本当に重要な思考や記憶のためのリソースを確保することにつながります。

これは「認知的オフローディング(外部への認知の転嫁)」と呼ばれ、心理学的にもその有効性が認められています。

「忘れること」と「思い出すこと」のバランス

記憶術(スペーシング効果・想起練習など)を活用して、本当に必要な情報は積極的に想起する習慣を持つことも大切です。一方、日常のどうでもいい情報(誰かの些細な失礼な態度、些細なミスなど)については、「これは記憶に残す必要があるか?」と問い直す習慣を持つことが助けになります。

忘れっぽいことと、忘れることの違い

「忘れっぽい性格」と「健全な忘却」は、まったく別のものです。この違いを理解することは、自分の記憶について正しく把握するために重要です。

「忘れっぽさ」とは何か?

ハーバード大学心理学部のダニエル・シャクター博士は、著書『記憶の七つの罪(The Seven Sins of Memory)』の中で、日常的な記憶の問題を以下のように分類しています。

  • 非持続性(トランジエンス):時間の経過による記憶の薄れ。これは自然な忘却。
  • 心ここにあらず(アブセントマインデッドネス):注意を払っていなかったために情報がそもそも記憶されなかった状態。「鍵をどこに置いたか忘れる」のはこれが多い。
  • ブロッキング:記憶は存在するが一時的に取り出せない状態。「名前が出てこない」がこれ。

「忘れっぽさ」として多くの人が感じているのは、主に「心ここにあらず(アブセントマインデッドネス)」です。

これは記憶力の問題というよりも、注意力・集中力の問題です。情報を受け取るときに注意が別のことに向いていると、そもそも記憶として十分に保存されないため、後で「忘れた」と感じるのです。

シャクター博士によれば、「忘れっぽさの根底にあるのは、記憶と注意の間の失敗だ。通常、忘れっぽくなっているとき、意識的な処理は目の前のタスク以外のことに向いている」とのことです。

「忘れっぽさ」の主な原因

  • マルチタスク・情報過多:同時に多くのことをしようとすることで、個々の情報への注意が分散し、記憶の定着が浅くなる。
  • ストレス・疲労:慢性的なストレスや睡眠不足は、記憶の符号化(エンコーディング)と想起(リトリーバル)の両方を妨げる。
  • ADHDや集中困難:注意欠如・多動症(ADHD)や、その傾向がある場合、注意を持続させることが難しく、忘れっぽさが生じやすい。
  • うつ病・不安障害:これらの状態は認知機能に影響を与え、記憶の問題を引き起こすことがある。

「健全な忘却」との違い

健全な忘却は、脳が積極的に「不要な情報を選別・削除する」能動的なプロセスです。一方で「忘れっぽさ」は、そもそも情報が記憶として定着していない、あるいは注意・集中の問題によって生じます。

ハーバード・メディカル・スクールによれば、以下は「正常な忘れっぽさ」の範囲とされています。

  • 時々、ものをどこに置いたか忘れる
  • 時々、約束や予定を忘れる
  • 人の名前がすぐに出てこない

一方、以下のような症状がある場合は、医療機関への相談を検討することが大切です。

  • 最近起きた出来事をまったく覚えていない
  • 日常的なタスクのやり方を忘れる(料理の手順、家電の使い方など)
  • 道に迷うようになる(慣れているはずの場所で)

忘れないようにすることはできる?

「忘れることが脳に必要」とわかっても、大切なことはしっかり覚えておきたいですよね。科学が支持する、記憶力を高める方法をまとめます。

1. 分散学習(スペーシング効果)

同じ情報を一気に詰め込むより、時間を空けて繰り返し復習する方が、長期記憶への定着が高まります。エビングハウスの研究以来、多くの研究で確認されているもっとも効果的な記憶法の一つです。

2. 想起練習(テスト効果)

受動的に情報を見返すよりも、「自分で思い出そうとする」能動的な練習の方が、記憶の定着を大幅に高めます。フラッシュカード、一問一答、白紙に書き出すなどの方法が有効です。

3. 睡眠の確保

睡眠中、脳は日中に得た情報を整理・統合します。特にレム睡眠(夢を見る浅い眠り)とノンレム睡眠(深い眠り)の繰り返しが、長期記憶の定着に不可欠とされています。睡眠不足は記憶力に直接的な悪影響を与えます。

4. 感情と結びつける

感情を伴う体験は記憶されやすいというのは、先に見た通りです。学びたい内容に「感情的な意味」を付加する(なぜそれが自分にとって重要か、それを知ることでどんな気持ちになるかを意識する)ことで、記憶の定着を助けることができます。

5. 運動

有酸素運動が海馬(記憶の司令塔)の成長を促進し、記憶力を高めることが複数の研究で示されています。定期的な運動は、記憶力維持のもっとも手軽で効果的な方法の一つです。

6. 意味づけと文脈化

孤立した情報より、既存の知識と結びつけた情報の方が記憶されやすいです。新しいことを学ぶとき、「これは自分が知っていること〇〇と似ている」「なぜこれが重要なのか」を考えることが、記憶の定着を助けます。

7. 外部記憶の活用(認知的オフローディング)

すべてを脳に記憶させようとするのではなく、カレンダー・メモ・アプリなどを積極的に使って外部化することも立派な「忘れない工夫」です。脳のリソースを本当に重要な思考のために温存することができます。

まとめ:忘却は、脳がくれるギフト

ここまで見てきたように、「忘れること」は脳の欠陥でも失敗でもありません。それは、進化が人間に与えた精巧なシステムであり、健全な思考・判断・創造・感情調整を支える、なくてはならない機能です。

コロンビア大学のスモール博士が言うように、「記憶の空白は、健全な脳にとって記憶そのものと同じくらい重要」なのです。

嫌なことをある程度忘れられることは、私たちが日々の生活を前向きに歩み続けるための知恵です。そして、楽しいことが薄れがちだからこそ、意識的に良い体験を味わい、記憶に刻む努力が大切になります。

「また忘れた」と自分を責める必要はありません。あなたの脳は今も、必要な情報と不要な情報を選り分けながら、あなたをより良い未来へ向けて最適化し続けています。

忘却と記憶——この二つのバランスの中に、人間の心の豊かさがあります。


参考文献・参考情報

  • Scott A. Small, M.D., Forgetting: The Benefits of Not Remembering (Penguin Random House, 2021)
  • Columbia University Department of Psychiatry: “Why Forgetting is Good for Your Memory” (2021)
  • TIME: “The New Science of Forgetting” (2022)
  • ScienceDaily: “Why do we forget? New theory proposes ‘forgetting’ is actually a form of learning” (2022, Trinity College Dublin / University of Toronto)
  • Frontiers in Computational Neuroscience: “Forgetting Enhances Episodic Control With Structured Memories” (2022)
  • NIH/PMC: “Forgetting Unwanted Memories: Active Forgetting and Implications for the Development of Psychological Disorders”
  • Beckman Institute, University of Illinois: “New study suggests a better way to deal with bad memories” (2014)
  • Daniel L. Schacter, The Seven Sins of Memory: How the Mind Forgets and Remembers (2001)
  • Harvard Health: “Forgetfulness — 7 types of normal memory problems”
  • Psychology Today: “Why Our Worst Memories Stick With Us So Long” (2025)
  • Wikipedia: “Fading Affect Bias”

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この記事を書いた人

手帳が続かない・考えすぎて動けない、そんな時期を何度も経験してきました。
手帳歴20年以上、GTD・振り返り・小さな習慣を実践しながら、少しずつ自分なりの整理術を見つけてきた人間です。
「頑張りすぎない改善」をテーマに、手帳・習慣化・心理・オカルト・日常の気になることを丁寧に発信しています。

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